永倉さんちの新八くん
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長かった午後の授業の終わりを告げるチャイムと共にシャーペンを置き、時計を確認すると針は4時を指していた。
窓の外に目を向けるともう永倉くん達の姿はなくて、下校する生徒がちらほらと居るだけだ。
「んー」
両手を頭上に伸ばして大きく欠伸。目尻に溜まった涙を軽く指で拭い、周りに少し遅れて私も荷物をまとめて帰る仕度を始めた。
分厚い参考書やプリントの束を鞄にまとめて外へ出ると、空は段々と茜色に染まりだしていた。混じり気のないその色が、肌を朱く色付ける。
彼は、永倉くんは何をしているのだろうか。
鞄から携帯電話を取り出して、電話帳の彼のページを開いた。
呼び出しボタンを押すと、コールが3回鳴る前に彼の声が耳に入ってきた。
「おう、どしたの?」
「いや、えっと・・・どうもしてないんだけどね」
「あはは」
私の間の抜けた返事に電話の向こうから彼の笑い声が聞こえた。
「さっき永倉くん見たよ」
「そう?」
「絵描いてた」
「あぁ、フィールドワークの授業ね。そのうちアイデアスケッチもするよ」
「すごい」
他愛のない会話をしながら大学のキャンパスを出て少し歩くと並木道に入った。
春には桜が咲き乱れ、夏には青々とした葉が太陽の光を浴び、秋には紅葉を楽しめる。
そんなこの道で私と永倉くんは初めて出会い、初めて視線が合い、初めて言葉をかわしたのだ。
「あのね、永倉くん」
「何?」
「私、永倉くんのこと好きだよ」
電話越しで彼が息を飲んだのが分かった。
長い間待たせてしまった。
好きになってしまえばこんなに簡単で単純なことだったんだ。
「ごめんね、ずっと待たせて。多分自覚してなかっただけで、本当はきっともっと前からだった」
「うん、知ってる」
受話器から聞こえるはずの声が背後から聞こえて驚いて振り向くと、携帯を握りしめた永倉くんがそこに立っていた。
優しく微笑むその顔が心なしか朱く染まって見えるのは、夕日のせいだろうか。
二人の間を駆け抜ける秋風が髪を踊らせ、枯れ葉が宙に舞い上がった。
やがてゆっくりと私に歩み寄ると、永倉くんはいつだかのように私をきつく抱きしめて肩に顔を埋めた。
「ありがとう、好きになってくれて」
その日私達は恋人同士になった。
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