その他
□ととモノ。3で小ネタ4
1ページ/3ページ
場所はプリシアナ学院の校庭。
そこには2人のバハムーンが向かい合っている。
「……アタシが勝ったら、『竜化』について詳しく聞かせてもらうよ」
訓練用の剣を構え、歯を剥いて濃い桃色の髪をなびかせるのは、プリシアナ学院のバハムーンの少女、ミカエラ。
「いいだろう、だが、俺が勝ったら『竜化』の事は諦めてもらうぞ」
こちらも訓練用の槍を持ち、落ち着いた様子で立つのは白い髪を持つタカチホのバハムーン、アウスレィ。
「審判はタカチホから私、ルーキアと」
「プリシアナからは自分、レニエルが努めさせてもらうっスよー」
対称的な2人のセレスティアが審判に立ち、タカチホの白い制服から銃を取り出したキースが空に向かって引き金に指をかけた。
「んじゃ、この銃が開始の合図だ。準備はいいな?レディー……」
ミカエラが前屈みになり、アウスレィが槍を握る手に力を込める。
「ゴー!」
銃声が青空に響き、バハムーン同士の模擬戦が始まった。
ミカエラは合図と共に駆け出した。
勢いを落とさず、むしろその勢いを加えて力任せに剣を振り下ろす。
「……っはあ!」
狙うはアウスレィの頭、雑だが速いその剣閃はしかし、アウスレィが横に体をずらすだけで避けられる。
斬撃の反動で崩れた上体を整えるより速く、槍の薙ぎ払いが迫る。が間一髪、頭上を掠めるだけに留まった。
「まだだ」
もちろんそれだけで攻撃が止まるはずもなく、アウスレィはそのまま一回転し、距離を取ったミカエラに向かい槍を突き出す。
想像以上に長い槍のリーチに戸惑ったミカエラは更に距離を取ろうとするも、そうはさせじと槍の穂先は速度を増してミカエラに突き込まれる。
ギリギリの所でそれをかわし、ほんのわずかにできた隙に一気に懐へと飛び込む。
突き込んだ槍が引き戻されるより速く、アウスレィの胴を斬りつけると、アウスレィはぐうっ!と息を詰まらせた。
「逃がすもんかいっ!」
アウスレィの反応が鈍ったのを見逃さず、ミカエラは攻撃を畳み掛ける。
時間にしてわずか数秒、腕に、腹にと喰らいながらも、アウスレィはしっかりと足を踏みしめ、後退する事はなかった。
「ちっ!」
結果、剣を振る隙間もないほど至近で密着し、距離を取ろうとしたミカエラの背中をしたたかに槍の柄尻が打ち込まれた。
「か……はっ!」
先ほどのアウスレィよりも苦しげな息を吐いて、ミカエラが膝を付く。
「どうした。それで終わりか?」
静かな声がミカエラの耳を打つ。
一撃。それも穂先ではない攻撃で、膝をつき肺の中の酸素が根こそぎ吐き出されるほどの衝撃だ。
強い。
武器の違い。
体格の違い。
経験の違い。
それらすべてを踏まえても、アウスレィは強かった。
「ミカエラはバハムーンにしちゃ速い方だけど、力や頑丈さはアウスレィの方が上かー。やっぱアウスレィは強いなー」
リヒトが感心したように言えばクローディアが少しだけ顔を歪める。
「けど、アウスレィならこんな事しなくたって……」
心配そうなクローディアに向かって、ノクティスは静かに告げる。
「いや、今の彼女にはあれくらいの荒療治が必要だ。……最初の踏み込みを見たか?模擬戦だというのにあの太刀筋。……正直アウスレィじゃなければ避けられなかったかもしれない」
起き上がったミカエラが呼吸も整わないまま剣を振る。
それでもその剣速は鈍らず、アウスレィの喉元を斬りつける。
アウスレィはしっかりと槍で防ぎ、力で弾き飛ばす。
たたらを踏むミカエラを容赦なくアウスレィの槍の突きが襲い、ミカエラは剣でそれを防ぐも、アウスレィの力の強さに剣を握る指先が痺れる。
(なんて力だい!)
背中の痛みを思い出したミカエラが喰らうまいと速さを活かした身のこなしでアウスレィの攻撃をかわしていくも、そうすれば距離は開き、ますますアウスレィの槍は鋭さを増す。
かわしながら前に進もうにも、槍の間合いの広さとアウスレィの力強いプレッシャーに、踏み込む一歩のタイミングを掴む事ができない。
そんな攻防の中、一見して優勢に見えるアウスレィは内心舌を巻いていた。
大したものだ。
ただ純粋にそう思う。
数度受けた斬撃は鈍い痛みを与え、持ち前の頑丈さがなければすぐに倒れていたに違いない。
そして、自分と同じ種族とは思えないほどミカエラの動きが速い。
その証拠に、距離を取った突きぐらいしかマトモに当てる事ができない。
自身が最も得意とする、槍の重さを活かした斬撃が放てないのは、アウスレィにとって苦痛だった。
とはいえ、大振りな攻撃をミカエラが見逃すはずもない。
攻めあぐねている事に気づかれないようにチャンスが訪れるのを待つ以外、今のアウスレィは術がなかった。
「ね、ねぇヒナ。ミカエラは大丈夫、だよね?」
アスナは気が気でない様子で両手を握りしめている。
ヒナは闘いから少しも目をそらす事なく、一言だけ呟いた。
「……わから、ない。けど」
けど。
止められた言葉の先を問いただすより早く、ヒナの耳がひく、と動いた。
尻尾が膨れ上がり、緊張した声がこぼれる。
「……動いた」
ヒナの言葉と同時、ミカエラがアウスレィの槍をかいくぐって飛び込む。
「……っ!」
先ほどのように槍を引き戻そうとしたアウスレィは息を呑んだ。
「剣で槍を押し込んでる!?」
クローディアが驚いて叫ぶ。
いかにアウスレィが力で勝るといっても、攻撃をかわされた状態で槍を抑え込まれていては押し上げる事は難しい。
なおかつミカエラは抑えつけた槍に剣を滑らせ、その勢いを利用してアウスレィに斬りかかるつもりだ。
「防御も、回避も間に合わあわない。……見事だ」
ノクティスが感嘆の声をもらした時には、すでにミカエラは槍の中ほどまで剣を滑らせ、必勝の雄叫びをあげていた。
「ああぁぁ!!」
アウスレィ自身、ノクティスと同じようにミカエラの技に感心しながら喰らうのを覚悟した瞬間、ミカエラと目が合う。
爛々と輝く瞳。
その中に映るのは、アウスレィの知らないミカエラの、かつての記憶が見せる過去の世界。
その瞳に宿るのは、激しい郷愁の念と狂気にも似た渇望。
それらすべてが『今』を見ていない事を理解したアウスレィは強く唇を噛んだ。
(この、馬鹿が!)
みしり、と全身の筋肉が悲鳴を上げる。
構わずにアウスレィは渾身の力を込めて裂帛の叫びを放つ。
「お、おおぉぉぉ!!」
その場にいた全員が目を疑った。
誰もが勝負がついたと確信したミカエラの攻撃。
アウスレィの槍を剣で抑え込み、そのまま斬りつけるという攻防一体の技を、アウスレィは信じられない方法で破った。
「おいおいおい、……冗談、だろ?」
リヒトの言葉は何よりも全員の気持ちを表していた。
もちろん、一番信じられないのはミカエラ本人だろう。
アウスレィの叫びを聞いたミカエラは足元に確かにあった地面の感触を突如失った。
代わりに全身を包む浮遊感と高くなる視点。
そう、ミカエラは体ごとアウスレィの槍に『持ち上げられて』いた。
「バハムーン、ってあんなに力持ちなのね……」
ベリアルが呆れたように言うと、脇にいたアニーが思わず叫ぶ。
「って、いくら何でもありゃないっしょ!」
そうだ、いくら何でもコレは有り得ない。
ミカエラは目を剥いて眼下を見下ろす。
アウスレィの表情は見えないが、こんな、力技というのもおこがましい真似がどうして――
そこまで考えて、浮遊感が消えたのに気づく。
そしてその浮遊感が落下感に変わった時、凄まじい力がかかったのを感じた。
「うおぉぉっ!!」
アウスレィは槍で持ち上げたミカエラを全力で地面に叩きつける。
「がっ……!」
痛い。
全身がバラバラになるような衝撃。
暗転する視界。
呼吸を忘れた口。
音を拾うのを放棄した耳。
動かない足。
剣の感触を失った手。
思考を止めた頭。
――全身を蝕む、敗北感。
あぁ、コレはダメだ。
ミカエラはのた打ち回りたいような痛みの中、理解する。
負けだ。自分の。
諦めが心を包むのを感じても抗う気持ちが湧いてこない。
浮かぶのは、遠い遠い過去の記憶。
朝焼けの中、紅い翼を羽ばたかせてどこまでも空を駆けていたかつて。
もう一度、あの感触を取り戻したかったけれど、
悔しいねぇ。
悔しいねぇ。
涙は流れないけれど、この悔しさは確かに胸を打っている。
(けどもう、体が動かないんだよ)
意識を失いかけたその瞬間、ふと思ったのは謝罪の気持ち。
――すまないねぇ、もう一度アンタを背に乗せて、あの朝焼けの空を見せてやりたかったのに。
あぁ、あれは誰だったろうか。
思い出せない。
思い出せない。
朝焼けの空の下、花を摘んで笑う誰か――
大切な、大切なモノだった気がするのに。
――あぁ、アンタの顔が思い出せないよ。すまないねぇ、すまないねぇ。
そうして意識は闇へと沈んだ。