その他

□ととモノ。3で小ネタ5
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誰も居ない放課後に、夕暮れ時の教室でないしょないしょのお話を。

「珍しいよね。アニーがこんな風に内緒の話だなんて」

「う、アタシもそう思うよホント」

だけど相談できる相手なんて居ないし、そうやってうなだれてみれば、クローディアはふぅん、と首を傾げた。

「まぁいいけど。ていうか、なんで私?」

「だって、クローディアとリヒトが一番、長くつき合ってるカップルじゃん」

ほんの少しの僻みを込めて、からかうつもりで言ってみれば、あぁうん、そうかもね、なんて軽く返されて。
その上すごくすごく幸せそうに微笑まれたら、夕日の赤に照らされて綺麗なんてものじゃない。
美しいとしか言い様のないそんな顔、今の自分に直視できる訳もなくて、額に手をやってごちそうさま、と見ないフリをするのが精一杯。

どうしたの?響く声までまろい柔らかさを伴って、なんだろう聴いてるだけで全身甘酸っぱくなってくる。

答えないアタシを、小さな手で頭を撫でて励ましてくれる。
ズレた帽子を直しながら、観念して顔を上げた。

「私はリヒトが好きだよ」

そこには一片の偽りも無くって、そんなまっすぐに気持ちを言えるクローディアが眩しすぎて、また俯きそうになるのを、続く声が引き止める。

「アニーがそんなに悩んじゃうのは、誰の事を考えてるの?」

とりあえず、リヒトじゃないよ、とだけ答えると、わかってるよと笑われた。
そんな事で疑われるのはイヤだったからホッと一安心。

そうしてしばらくお互いに沈黙、ううん、クローディアは待ってくれてるんだから、アタシが黙ってるだけで。
言わなきゃ言わなきゃって焦るけど、その分なんて言っていいのかわかんなくて。

焦らなくていいから、そう言ってくれたクローディアの声がやっぱり優しかったから、アタシはようやく口を開く事ができた。

「……あのさ」

うん、頷いてくれるクローディアは優しい。
友だちっていいなぁ。そんな風に思って。

「友だちから進むのってどうしたらいいのかな?」

つるりと滑るように言葉が出た。
言ったアタシも言われたクローディアも、互いに目をぱちくり開いて。

意味を計りかねてじぃっとアタシを見るクローディアに、後ろめたさがぐんぐん増して。

ちゃんと目を見て話さなきゃって思うのに、気付けば視線は自分の膝の上。
それでも、話を聞いてくれるクローディアには伝えなきゃ、そう思って口を開く。

「アスナ、の事、なんだけど、さ……」

やばい。声震えそう。
ぎゅ、とスカートの端を握って、あぁこんなの見つかったらまたアスナ怒るかな。

ふとした拍子で思い出してしまって、ぶんぶんと首を振る。

ちょっと乱れた帽子をぐいっと目深に引き下ろして、滲む視界をごまかそうとする。

けどダメだ。名前を口にしたら顔を思い出した。
声が耳の中で反響する。

帽子越しに頭を撫でてくれるクローディアの手でさえ、アスナの手の温もりと錯覚しそうになる。

別に、何かあってどうしたってワケでもないのに。
キッカケなんてどこにもなかったのに。
急に、ある日突然に思い知らされた気持ち。

「……っ、ア、スナって、さぁ」

ずず、鼻水まで出して情けない。けど止まんない。

「ズルいよねぇっ……!」

ぽたぽた、スカートにこぼれる涙。シミになったらヤだな、とか思いながら、言葉は止まらない。

ズルいのはアタシだ。持て余した感情を、何の関係もないクローディアにぶつけている。

アタシがおんなじ立場だったら、平手じゃすまさないかもしれない。

「アスナの、どこがズルいのかな?」

それなのに、クローディアの声は変わらずに優しい。
アタシがアスナを責めるような言い方をしてるのに、やっぱり柔らかく笑ったまんま。

「アスナは大事な友達だけど、泣いてるアニーを責めたりできないよ」

どうして怒らないの?って聞いたアタシに、ちょっとだけ困ったように笑いながらクローディアはそう言ってくれた。

涙でぼやけた視界の中、それでもクローディアのその時の顔はちゃんと見えて。
ますます涙が出てきたアタシをしょうがないなぁって言いながら、よしよしって頭を撫で続けてくれた。

アタシが泣き止むまで、ずっと。

ねぇクローディア。
こんなに優しくしてくれてるのに、この手がアスナのだったら良かったのに、ってアタシが思ってるのを知ったら、怒るかな?

「ホントに大丈夫?」

心配そうに眉を寄せるクローディアにアタシはギリギリの作り笑いでだいじょーぶ!と答える。

「ごめんね、クローディア。せっかく相談に乗ってくれたのに、ちゃんと話せなくて」

そう、結局アタシは抱えた気持ちを打ち明ける事ができなかった。

そんな事は良いんだけど、と困ったような顔をするクローディアに、やっぱり話さないで正解だったと内心でホッとする。

「アスナと何かあったんなら、力になるからね?私、アスナとは知らない仲じゃないし」

うん、知ってるよ。
でも、だからこそ言えないんだ。
アタシがアスナに抱いてる気持ちは良くないモノだから。
そんな事でクローディアが悩んで、アスナとぎくしゃくするのを見るの、ヤだもん。

「もー!クローディアったら心配性だなー。ホントにしんどくなったら話すから、安心してよ」

ウソ、きっとクローディアに相談はもうしない。
それでもこう言わないとクローディアは引き下がってくれないから。

「分かった……。じゃあ、私先に行くね?」

ひらりと羽を翻して窓から飛んでいく先には、リヒトが待ちくたびれた様子で空を見ていた。

その目がクローディアを視界に納めると、嬉しそうに唇が持ち上がり、手を上げてクローディアを呼んでいる。

クローディアも、手を振りながらリヒトの肩に軽やかに滑り込み、2人はごく自然に寄り添って帰っていく。

「いいなぁ……」

2人が見えなくなるまで見送ったアタシの口からこぼれたのは、そんな羨望の言葉。

次いで夕日のオレンジが膜を張ったようにぼやけ始める。

「あれぇ……?おっかしいな?どうして泣いてんだろアタシ」

ぱたぱた、ぱたぱた。
窓際の冊子にこぼれた涙が止まらない。

さっきまで撫でてくれてたクローディアは居ない。
代わりに夕日がほんのわずか俯いた頭を温めてくれるけど、それはあまりに物足りなくて、寂しさが増すばかりだ。

「アスナぁっ……!」

呼んだって意味がないって分かってる。
下校時間も過ぎたこんな時間に、アスナが居るわけもないし、また、居たとしても泣いてる理由なんて説明できる訳がない。

それでも、会いたいと思った。思ってしまった。

どうしたのって言ってほしい。

大丈夫?って頭を撫でてほしい。

廊下にうずくまったまま、届かないモノを欲しがってばかりのアタシは、どうしようもなく惨めで、愚かで、情けなかった。

沈んで弱くなる夕日の光に炙られながら、アタシは声を押し殺して泣き続けた。

生まれてしまった、アスナへの特別な想いは、こうしてアタシに何の喜びも与えないまま、許されない気持ちとしてアタシの胸を刺し続けている。

これはそんなアタシの、誰にも言えないないしょのお話。



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