その他4

□鬼
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肌に纏わりつくような空気に顔をしかめる。
油断無く周囲を見渡すと、ずいぶんと先の方に目標を見つけた。

「ミブチ発見、作戦通り先に仕掛けます」

少女が呟き、腰に下げた刀を引き抜くと同時に駆け出した。
それは事前に打ち合わせていた行動ではあったが、初動の早さに同行していた三人が置いていかれる形となった。

「ちょ、ちょっと優季!早いってば」

鎖鎌を構えていた幼い少女、初穂は思わず回していた分銅を取り落としそうになりながら叫んだ。
しかしその声は既に駆け出した優季には届かない。
「もう」と頬を膨らませた初穂の頭を一瞬だけ撫で、槍を構えた青年が陽気に笑いながら追い抜いて行く。

「先行くぜ?」

言い終わるやいなや、青年、息吹の眼から陽気さが抜け、代わりに真剣味が宿る。
巷では牛鬼とも呼ばれる、獅子の顔と巨大な蜘蛛の体を備えた鬼、ミブチを見据えて息吹は力を込めた。

「私たちも行こうか、初穂」

凛とした声も涼やかに女性の声が初穂の耳を打つ。
ウタカタの里随一と名高いモノノフ、桜花は対鬼用にこしらえた長大な刀を鞘から外しながら後輩を励ますように僅かに笑みを浮かべた。

それに勇気付けられたのか、大きく頷いた初穂は改めて武器を構え、桜花と共に先陣を切った優季と息吹に続いた。

「■■■ッ!!」

大気が歪む様な、通常の生物では有り得ない叫びを上げ、鋭い多脚で地面を削りながら迫るミブチ。

それに臆した様子も無く、突進する獅子の顔目掛けて双刀を逆手に振り下ろす。

ズブ、と肉に食い込む生々しい音と感触を耳ではなく刃から感じとりながら、突き刺した反動でふわりと跳躍する。

「■■──ッ!!」

苛立ったように上空へ鋭い鎌を振るうも、その鎌に双刀を打ち合わせて更に高度を増して跳ぶ優季に深遠の鎌は掠りもせず。

背を、鎌を、脚を、全身を斬られた深遠が、それでもなお上空の優季を狙おうとした直後。

「■ッ!■■■ッ──!?」

突如閃いた無数の銀の輝きに前脚が砕け散る。

「上を見過ぎて、足元がお留守だぜ?」

軽やかな男の声に気付けば、槍を構えた優男が口元を愉快そうに持ち上げて笑っていた。

たまらず一度大きく跳ねて後退し、距離を離した深遠は障気を纏わせながら身を震わせる。

「……■■ッ──!」

すると吹き飛んだ脚が異常な気を纏い、脈動を始めた。

「ちっ!マズいな!初穂!息吹!ヤツの脚を『祓う』!」

桜花が舌打ち混じりに号令を掛けると、すぐさま2人は桜花の下に集まり、精神を集中させる。

再生をしようとする鬼の障気と、千切れた部位を祓うモノノフの『鬼祓い』は、綱引きにも似た力の比べあいだ。

そんな仲間を一度だけ流し見た優季は、身動きの取れない深遠の姿を確認し、両脚に力を込めて全力で回った。

独楽のごとく回り、両手に構えた刀で切り刻む。
力に劣る優季は持ち前の身のこなしを活かし、深遠の懐に飛び込んだ。

甲高い音を立ててぶつかり合う深遠の外骨格と優季の双刀。
急激に消耗する体力が視界をぼやけさせる中、唐突に消失した手応えに体勢を崩した優季が見たのは、手を打ち合わせる桜花たちだ。

「やったよ!優季!」

飛び跳ねて喜びを表す初穂にどう返すべきかと動きを止めた一瞬、ぞくりと背中に悪寒が走った優季は倒れ込むように伏せる。

「■■■■ッ!!」

唸りと共に払われる鎌に、腕を裂かれる。
鮮やかな鮮血が舞うと誰もが思った瞬間、伏せた体勢から逆立ちするかのように手を突き、身体を捻った。

「優季!大丈夫か!?」

致命傷ではないがかなり深いはずの傷を見ようと、桜花が駆け寄る。
追撃しようとする深遠の動きを溜めた槍の一撃で息吹が怯ませ、振り上げた鈍く光る鎌を初穂が懸命に分銅で絡め取り、束縛する。

冷静にと言い聞かせても騒ぐ心臓をなだめながら優季の腕を取り、傷を確かめる。
御霊による治癒があっても、なるべく包帯などで止血した方が、と考えていた桜花の目に映るのは、強く打たれ腫れた腕だけで、血は一滴も出ていない。

「なっ……!?」

驚く桜花を尻目に、当の本人はやんわりと桜花の手から自らの腕を放す。
桜花の手に力はさほど込められてはおらず、2、3回振って具合を確かめた優季は、異常がない事を確認した後、再び深遠に向かい駆け出した。

「ゆ、優季っ!?」

先程負傷したとばかり思っていた優季が変わらぬ速力でこちらにむかってないくる様子に、思わず分銅を握る力が緩む。

「馬鹿、初穂!なにやってん──!」

息吹の警告は中程で初穂の耳に届かなくなる。
同時に、急激に反転する視界と消える地面。

それらすべてが一瞬で過ぎ去り、あ、と思った時には初穂の体は空を舞っていた。
逆しまに映る世界に、分銅を絡めた深遠の鎌脚が大きく振りかぶられているのが、そして真上、否、真下に先ほどまで自分が立っていた地面が見える。

体勢を整えて着地する事も、受け身を取って衝撃を緩和する事もできない。
ただ、このまま熟れすぎて木から落ちる林檎のように地面に叩きつけられる想像だけが現実味を帯びて迫ってくるのを感じて。
「初穂ーっ!!」

仲間が自分の名を必死で呼ぶ声を聞いて、初穂は思わず眼を閉じて『その瞬間』から逃避した。

「嘘……だろ?」

息吹は眼を疑った。
深遠の鎌が、何かに気づいて緩んだ初穂を分銅の戒めごと天高く放り上げ、叩きつけようとした一連の流れを、一つとして見逃す事無くすべて見ていた。

だからこそ己が見た光景を疑う余地は無く。
だからこそ己が見た光景が信じられなかった。

それは後から駆けつけた桜花も同じだったのだろう。
2人とも鬼の目の前で、棒立ちと言ってもいい程に動きを止めていた。

その中で止まらなかったのは、2人の視線の先に居る人物で。

(あれ?)

初穂は不思議な感覚に包まれていた。
先程まで視界が反転し、頭に血が昇るような感覚と落下する自分を確かに感じていたのに、何か温かいモノに包まれたと思ったら、ぐんっ、と浮遊、否、上昇する感覚。

「ぷあっ!」

顔を叩く風圧にたまらず眼を開けると、そこには清々しい青空、ではないが、朱色に鈍く輝く空が確かにあって。
迫りくる地面と違い、どこまで跳んでも届かない果てしない空が、初穂の視界いっぱいに広がっていた。

そして、唐突に上昇は終わり、身体を包む落下感。
それでも先程までに比べれば、たとえ速度が速くても絶対的な安心感がそこにはあって。
それは、恐らく今自分を抱えてくれているヒトが与えてくれる安心感で。

「って、ゆ、優季!?」

先にも同じような事を言ったような、等と思いながら、改めて自分を抱える優季を見る。
重そうに見える甲冑を着けてなお、小柄とはいえヒト1人を抱えて飛んでいる優季の表情は、近すぎる距離の為かよく見えない。

「今から着地します。高度が高いので喋っていると舌を噛みますよ」

優季の言葉は淡々としたものだ。
速鳥に似ているが、それよりも静かで、それでいて強く耳を打つ。
モノノフとしての確かな自信の裏打ちによる物か、生来の性格なのかは、付き合いの短い初穂には解らない。
ただ、優季の言葉は、なぜか仲間の信を集めるに足るなにかを秘めていて、自分とそう年の変わらない同性の少女のこういった、ともすれば冷たいように聞こえる言葉にも反感は起きない。

頷くだけの返事にも気にした様子も無く、難なく着地した優季は素早く初穂を降ろすと、振り返らずに駆けていく。

御霊の力を使ったのか、あるいは鬼が何かを感じたのか、息吹に向かっていた深遠が旋回し、優季に狙いを定めた。

それを察していたのか、構えた双刀を交差させて体勢を低くした優季は、振り向き様に薙ぎ払われた深遠の鎌を避け、懐へと飛び込んでいく。
あまりに近すぎる距離に、鎌を振るう隙間を無くした深遠が距離を取るより速く、攻勢に出る優季。
踏み込むと同時、力いっぱい振るった双刀が『鬼千切』と化して鎌を砕く。
乾いた音と、風を切る音のあと、ようよう動いた初穂の目の前に砕かれた鎌が突き刺さる。


それが先程自分が押さえきれなかった方の鎌である事を初穂はすぐに理解し、鬼祓いを始める。

深遠が腹立たしそうに脚に力を込め、死に絶えよと言わんばかりに周囲のモノノフたちを薙ぎ払おうとする。

「させるかよ!」

息吹の声と同時、石突きによって深遠の脚が砕かれ、大きく倒れる深遠。

「■ッ――!■■■ッ――!!」

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