その他4

□手段と目的
1ページ/2ページ

目の前を縦横無尽に砲弾が飛び交う。
着弾点を目視で捉え、ジグザグに駆け回り目標へ。

放った分銅の勢いを利用して跳び上がれば仲間達の姿がずいぶんと下に。
それら全てを認識し、背甲に生えたいくつもの砲台に眼を向け、鎌を振るう。
鈍い手応えの中で一つずつ確実に砲台を壊して行くと、下がれ!と鋭い声が耳を掠めた。

瞬間、ぞくりと悪寒が走り、とっさに分銅を敵──討伐目標であるクナトサエ──に当て、その反動で後退する。
が、わずかな時間遅れた私は、クナトサエの自らの身体を回転させた攻撃によって、強い衝撃を受け吹き飛ばされる。

痛みによって身動きが取れないまま落下する私の身体を、しかし仲間がしっかりと受け止めていた。

「優季、無茶が過ぎるぞ」

諫める言葉の中に、確かな安堵を含ませて名を呼ぶのは、故あって鬼を討つ、アマキリと呼ばれる鬼の化身、荒天。

強い痛みのせいですみません、と返すのが遅れた私の頭を乱雑に撫でたのは、自分を受け止めた疾風という名の男。
荒天と同じく、人の身にその形を変えた、カゼキリと呼ばれる鬼だった。

「依子、頼まぁ」

そう言って私を地面に下ろすと、疾風はごきり、と指を鳴らして駆け出す。

そして、それに続こうとした私の肩を押さえたのは、困ったように笑う、隊長の依子だった。

「気持ちが焦っちゃうのは分かるけど、まずは傷を癒やそう?」

ね?と問いかけながら、足元に回復のための陣が張られ、みるみるうちに傷が癒える。
依子の背後に、主と同じように困ったような顔を向けるミタマが見えた気がして、仕方なく私は傷が完治するまで待機する。

その横で矢をつがえた依子が、ヒュ、と鋭い風切音を立てて矢を放つ。
呪印による爆散の衝撃に、遠く離れた位置からでも、クナトサエが苦痛に吠えたのが聞こえる。

この位置から当てる技量に、流石はムスヒの君、と内心で刮目していると、依子は謙遜するようにはにかんだ。

そして、癒えた四肢に力を込めて私は駆け出す。
迅のミタマの加護により、走る速度はまさしく風のごとく。
流石にカゼキリの化身たる疾風には及ばないものの、あっという間に前線の荒天と疾風に追い付く。

そして再び分銅を起点にした連撃を放つ私を、忌々しそうにクナトサエが迎撃のために身体を回転させようとする。

しかし、がくん!と何かが引っかかったように動きを止めるクナトサエに、疾風が牙を剥き出して笑う。

「させるかって!」

見れば、まるで鎌のような刃が4つ、クナトサエの後ろ脚を縫い止めるように突き刺さっている。

おそらくは風の妖気を刃に変えて、楔のごとく動きを封じているのだろう。
ミタマに近いその攻撃はなるほど、カゼキリという鬼である疾風に相応しくあったが、こうした搦め手を彼が行うとは予想外で、驚きを隠せない。

だが、思考より先に討伐を、と切り替えた私の前で、クナトサエは次の行動を起こしていた。
前脚を振り上げ、薙ぎ払うように振るわれる爪が眼前に迫る。

『保険』をかけているとはいえ、回避をしようとした私の視界に、荒天の背が映り、がきん、と大きな音が鳴った。

なにが、と問うより速く、荒天の爪がクナトサエの前脚を吹き飛ばしているのを理解する。

肉が剥がれ、そこから薄紫に輝く鬼の生命力そのものが現れる。
荒天の爪はクナトサエの仮の肉体を超え、鬼の生命そのものに突き立っていた。

瞬間、私は二つの選択肢に迷う。
鬼たる身の荒天と疾風の兄弟に、千切れた鬼の部位を祓う力は無い。
モノノフである私か依子で無ければ『鬼祓い』は行えず、しかして攻撃を緩めれば兄弟で上位の鬼であるクナトサエを押し留めておけるかは解らず、祓わなければ再生されるのは目に見えている。

しかし、秒すらかからぬ私の迷いは、後ろから放たれる矢が断ち切った。

「私に任せて!」

覇気に満ち溢れた、揺るぎない依子の声。
迷いや懸念は消え、むしろ意気が上がる程の昂揚が兄弟と私を包む。

頷き、私は再び空を駆けて鎌を振るう。
背甲に備えられた砲台は残り僅か。
タマハミ状態となった時点で、クナトサエ自身の体力も少なくなっているのは自明だ。

私は精神を集中し、『鬼千切』を放つ。

霊力を纏って投げつけた鎌が砲台を破壊したのを確認した私は体勢を整えるべく離脱し、距離を取った。
今までの攻防で、ほぼすべての部位は祓っている。
四肢も、尾も、砲台も無くなり、体力も少ない。
畳みかけるならば今こそ好機、とはいえ、ここで気を緩めれば死は私たちに降りかかるのを忘れない。
鬼とは、ここからこそ気をつけねばならないのだから。

疾風が放った風の楔も砕かれ、クナトサエが吠える。
来る、と警戒した矢先に唸りを上げて迫る巨躯をすれ違い様に避け、その身体に分銅を打ち込む。

クナトサエが追うは疾風。
いかな彼が俊足とはいえ、クナトサエの一歩は疾風の十歩を優に超える。
徐々に迫るクナトサエを少しでも足止めしようと鎌を振るうも、一向に止まる様子も無い。
舌打ちし、決定打を求め歯噛みしている私の視界に、そういえば荒天の姿が映っていない事に気付く。

今の私はクナトサエの視界よりやや高い位置に陣取っており、すなわちそれはクナトサエからも荒天の姿が見えないという事である。

そもそも、明らかな体格の差があれど、脚に絶対の自信があるあの疾風がこうも易々と追い詰められるものだろうか。
まるで、常にクナトサエの視界に自分を納めるようにただまっすぐに走る疾風に違和感を覚え、次いで、ぞく、と悪寒が加わった時点で私は、はっと顔を上げた。

それは獲物を追うだけに集中していたクナトサエの、完全に視界の外。
横から振るわれた理外の攻撃だった。

「はあぁぁっ!」

先ほどの疾風に似た、けれど違う荒天の妖気による刃がクナトサエの角に刻まれる。

突進の勢いが見る間に鈍り、瞬間、背を向けていた疾風が振り向き、跳んだ。

「兄者っ!」

狙うは先の角。
振るうは鋭き爪。

「応っ!」

応えるは荒天。
クナトサエの下から疾風の爪が迫り、上からは荒天の爪が走る。

その連携に、クナトサエの長大な角が根元から折れる。
絶叫し、巨体を震わせるクナトサエ。

とっさに私は背中から飛び降り、折れた角へと駆け、精神を集中して『祓う』。

やや遅い速度にじれったい思いをしていると、突然『鬼祓い』の速度が跳ね上がる。

集中の為に閉じていた目を開けば、そこにはムスヒの君、依子が立っていて、なるほどと得心した。

いつ終えたかは知らないものの、一人で荒天が飛ばしたクナトサエの前脚を祓ったとは思えない程、依子の集中は衰えない。
今回のように『鬼祓い』が行えない兄弟が任務に着いた時には、普段気にしないこういった技術においても、依子の突出した才を感じるのだった。

やがて祓い終えた角が霧散すると、戦局はいよいよ大詰めとなってくる。

私と依子が戦列を離れている間にも、兄弟は着実にクナトサエに傷を負わせ、勝利への道を確かな物にしつつある。
私もそれに加わるべく駆け出した所で、今日一番の依子の叫びが響いた。

「みんなっ!危ない!」

その声に反応するより速く、私の視界が白に染まる。

ばちん!と大気すら歪める程の強い電撃がクナトサエの全身を半円状に包み込み、私たちはそれをもろに食らってしまい、吹き飛ばされる。

「はあっ、はあっ……!」

全身を冷たい汗が流れる。
危なかった、と思う視界の端に、焦げ付いた札が灰になり消えていく。
空蝉と呼ばれるタマフリが無ければ、札の様に焦げて灰になっていたのは自分だった。

この局面、この状況でも、鬼には私たちを一瞬で壊滅させる術を持っている事に、私はおののいた。

そして、難を逃れる事ができなかった兄弟の呻きに、意識が覚醒する。

「ちぃぃっ!油断したぜ!兄者、無事かっ?」

左腕が肩から炭化している疾風が、我が身を省みず兄の荒天に声をかける。

「……あぁ、問題ない」

応える荒天は、口ではそう言っているものの、どう贔屓目に見ても大丈夫なようには見えなかった。

疾風のように部位こそ欠損してはいないものの、全身に電撃を浴びたのか、身動き一つ取れない程に損傷が酷い。

かく言う私も、直接的な怪我はないものの、掠めた電気が身体を麻痺させ、思うように動けない。
前線の三人が全員動けないという絶対絶命の危機に、再び大丈夫!と強い声が響いた。

依子の声だと認識した瞬間、痺れが取れ、気力が満ちる。
見れば、私ほど劇的ではないにしろ、荒天と疾風の傷もだいぶ癒えている。

──変若水──依子が持つ癒やしのタマフリの奥の手とも呼べる治癒の極意だ。

効果は見ての通り。
傷は癒え、気力は満ち、身体を苛む麻痺さえ消えている。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ