その他4
□蛇竜との戦い
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走る。
草を踏み締め、水溜まりを飛び越え、段差を跨いで走る、走る。
生い茂る草木の先、開けた視界に目的のモノが見つかり、男はにっ、と口角を上げた。
手近な木に登り、様子を窺う。
平面からでは把握しきれない相手の長大な身体が視界に収まった。
絞蛇竜、ガララアジャラ。
4000メートルを超える大蛇にも似た竜は、その身体をいっぱいに伸ばし、原生林を悠々と進む。
その様子に、こちらに気づいている気配はない。
男、疾風は、さてどうするか、と1人ごちた。
攻めるのは簡単だ。
木から飛び降り、数歩進めば向こうから補足してくれる。
そうなれば即開戦、待った無しの勝負が始まる。
考えるだけで心が躍る。
兄の荒天にしても同じだろう。
豊かな自然の中、互いに一個の生命として力をぶつけ合う。
弱肉強食という苛烈な響きの中に、しかし一つとして相手への悪意は無い。
ただ、あくまでも己が生きるために。
そのためにこの力を奮うというのがどういう意味かを考えると、身体の芯から沸き立つ様な歓喜が溢れ出る。
知らず、手をついていた木の幹に爪を立て、逸る気持ちをなだめすかす。
まだだ、まだ。
すると、足元から猫らしき鳴き声が聞こえてくる。
目を向ければそこには一匹のオトモアイルーが懸命に木をよじ登っているではないか。
「ミケ。何だよどうした?」
木登りに苦戦しているミケの首をひっつかみ、傍らにまで持ち上げてやる。
やや不満そうな顔をしながらも、ミケはミャア、と一声鳴いて口を開いた。
「疾風は扱いが雑ニャ。せっかく追いついたと思ったのに」
ボヤくミケに悪い悪いと軽く謝った疾風は、それで?とミケを促した。
「ご主人様と荒天さんは反対から来るニャ。ボクと疾風でガララアジャラを見失わないようにしっかり見張れ、だそうニャ」
心配性なのか慎重なのか、集会所でのやり取りでもミケのご主人様、シンシアは口を酸っぱくして荒天と疾風の兄弟に、ハンターとしての心構えとモンスターの危険を説いていた。
とはいえ、その心配りは正直有り難い。
荒事には慣れているつもりの兄弟も、広大な自然と、それを利用したモンスターの動きにはずいぶんと手を焼かされているのだから。
「にしたってなぁ」
我知らず疾風はボヤく。
確かにガララアジャラは今までのモンスターとはまた違った様相で、初見こそ不意を喰らったものの、シンシアの的確な援護や兄の協力もあって、何とかこうして別のエリアにガララアジャラを追い込む事に成功している。
今なら、不意を突けばあの鱗に包まれた身体を引き裂く事も可能では無いか?
疾風は先程からくすぶる闘争心と共に、すぅっと目を細めた。
獲物を狙う、狩人の眼が輝きを増す。
「心配だなぁ」
先導する形で先を走るシンシアの呟きを、荒天の耳が拾い上げる。
身体的には明らかに荒天の方が上のはずだが、シンシアは慣れ故か最短ルートを駈けており、荒天が易々と追い付く、といった事もなく、2人は原生林の中を走っている。
「疾風の事か?」
むしろそれ以外無いだろうという確信でもって荒天が問いかけ、シンシアが答えるよりも早く口を開いた。
「確かに、疾風は血気盛んだが愚か者ではない。本来の力が使えない事もあって、しっかり偵察と牽制に務めてくれる」
兄弟という事で欲目が出たのか、自分でも甘い考えだと内心で苦笑いしつつ、シンシアの反応を見る。
ハンターの少女はスタミナを気にして少しペースを落としながらも、笑顔で首を横に振った。
荒天の見間違いでなければ、それはずいぶんと困ったような笑い顔で。
「心配なのはミケの方。あの子、ああ見えて結構ムチャするから」
オトモアイルーの後輩や、荒天と疾風といった新人が来た事によって、先輩としての自分を自覚しているのかもしれないが、シンシアからすればやや張り切り過ぎな気もする。
いずれきちんと言ってあげなければ、と思いつつ、頑張るミケが微笑ましくて、つい言いそびれたままになってしまった。
今回も、新人が居るからといって人数を分けるべきではなかったのかもしれない。
けれど索敵の為には散開して探す方が効率的だし、荒天と疾風が慣れてもらうためにも、やはりこの配置がベストだろう。
迷いを振り切り、シンシアはペースを上げた。
荒天もしっかりとついて来る。
「主人がそうまで心配してくれているのだ。大丈夫だろう」
もうすぐ次のエリアに着く、という所で荒天が励ますように口を開いた。
「うん」
頷き、さあもうひと息といった所で大きな音が響く。
「これは……」
「急ごう!」
顔を見合わせ、2人は駆け出す。
どうか無理はしないで。
詮無き事と知りつつ、祈らずにはいられないシンシアだった。
甲高い鳴き声と共に、ミケの身体が宙を舞う。
受け止めようと視線を上げ、膝を屈めて力を溜めた疾風の視界の端に、鋭く飛んでくる『何か』が見えた。
「うおっとぉ!」
とっさにステップに切り替え、飛び上がろうとした力をそのまま横に向ける。
真っ正面から飛来してきたソレを回避し、膝を着いて立ち上がる頃にはミケの姿は無くなっていた。
周囲を探そうとした疾風の頭上に影ができる。
ゾクリと背中が粟立ち、バックステップで距離を取る。
先程まで疾風がいた場所に、大きな尾が叩きつけられるのを見て疾風は安堵の息を吐き、次いで意識を切り替えた。
「ミケを気にしてちゃダメ、か」
心配でないと言えば嘘になるが、ガララアジャラとの戦いは素人同然。
シンシアほどハンターとして慣れているならともかく、疾風にとってガララアジャラは未知の相手だ。
集中しなければ避けれるモノも避けれない。
足先に力を込める。
腰を落とし、腕を広げ、視線は広く。
ガララアジャラもうかつな追撃はせず、武器を持たない小さな疾風を値踏みするようにとぐろを巻いて様子を窺っていた。
やりにくい、素直に疾風は思った。
疾風が今までに知っている『敵』と違い、いかにも動物然とした生き物が多いが故に、内心、単細胞だらけかとタカを括っていたのだが……。
「ちゃあんとこっちを、俺を見てやがんな……」
なかなかどうして、ガララアジャラは狡猾だ。
攻める時は攻め、深追いはせずに『待つ』忍耐も持ち合わせている。
その長大な身体からくる圧力で『いつでも飛びかかれるぞ』と見せつつ、焦れて疾風が飛び出せば、即座に迎撃できるのだろう。
ガララアジャラに対する経験の無さが、疾風から選択肢を奪っている。
どうにかしなければと思いつつ、何が正解か解らない。
血気盛んに見えて、考えて動く疾風だからこそ思考の網に捕らわれてしまう。
このままではやがて焦れた自分が飛び出してしまうのまで予想しつつ、取るべき有効な手を見つけられずにいた。
と、その時、ガララアジャラが突然身悶えた。
ガララアジャラが痛みと衝撃に身体を捻ると、そこには一匹の小さな羽虫、否、マルドローンと呼ばれる猟虫がいた。
纏わりつくマルドローンを振り払おうとしているガララアジャラは疾風の存在を忘れたかのように暴れている。
瞬間、疾風はその隙を逃さず飛びかかった。
「うらぁっ!」
力いっぱいに振り抜いた爪は、容赦なくガララアジャラの身体を割いた。
鮮血が舞い、鋭い痛みに身を捩ったガララアジャラの頭部に、薙刀のような刃物が振り下ろされる。
「たぁぁっ!」
そう、マルドローンが居るのだ。それは即ち、猟虫の主であるシンシアが合流していたという事だった。
つまりそれは。
「待たせたな」
「兄者!」
疾風の兄、荒天も合流したという事に他ならない。
ガララアジャラの長大な身体は、凄まじい威圧感を生み出しているが、決してメリットばかりではない。
こうした複数の相手に囲まれた際、攻撃できる箇所が多いという事でもあるのだ。
荒天の爪が、疾風の蹴りが、シンシアの薙刀が、僅かに怯んだガララアジャラの隙をついて雨あられと降り注ぐ。
「荒天、脚を!疾風、尾は堅いから狙っちゃダメ!」
ガララアジャラと戦い慣れたシンシアが指示を出せば。
「応っ!」
力強い荒天の爪がガララアジャラの柔らかい肉質の部分を切り裂き、その身体が横転する。
「起き上がる暇なんか与えるかよっ!」
シンシアの指示通り、肉質の堅い部分を避け、疾風も荒天とは別の脚を狙い、起き上がる力を奪っていく。
マルドローンはシンシアの攻撃の合間にエキスを集め、宿主を強化していく。