その他4

□嵐と銃
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安の領域、眠るような静けさに包まれているそこは今、暴風が吹き荒れていた。

ヒトならば立っている事さえ容易ではないその中に、男が無表情に佇んでいる。
結んだ髪が風に煽られ家屋の破片が身体に当たってもなお、男は微動だにせず眼を凝らして前を向いている。
見開かれた瞳は金に輝き、男が鬼を討つ鬼、モノノフである事を示していた。

と、男の頭上に影が差し、次いで重さと鋭さを併せ持った獣に似た鬼の爪が振り下ろされた。

風の音に紛れ、接近に気付くのが遅れ、男は身を捻る事で辛うじて肉を抉ろうとする爪を回避した。

『しぶとい野郎だ』

本来ならば唸り声にしか聞こえない、言葉にならない音が頭に響く。
それはまがりなりにも共に過ごした日々の結果か、それとも単に相手が男へ自身の意思を伝える為にそうしているのかは定かではない。

どちらでも構わないとでもいうかのように、男は背負った銃を引き抜き、声の主に突き付けた。

「それはこちらの台詞だ。貴様ら鬼を討つ為に鍛えたこの銃で、貴様の生を止めてやろう」

言うが否や、破裂音と共に銃弾が目の前の鬼、カゼキリに向かって飛んでいく。

3種類ある弾の内、最も長い射程と最速を誇る狙撃弾がまさしく眼にも止まらぬ速さでカゼキリを襲う。

『ナメんなっ!』

巨体に似合わぬ身軽さで跳躍して銃弾を避けたカゼキリは、着地と同時に尾を振るって男を打ち据えた。

『テメェ、オレをただのカゼキリと同じに見てんじゃねぇだろうな?オレの名は青嵐!嵐の名を冠するオレに、中途半端な速さで適うと思ってんのか!?えぇ、モノノフよぉ!』

青嵐と名乗ったカゼキリは全身から力を迸らせ、周囲の物を風で一掃する。

その風圧は先ほどまでの勢いを凌ぎ、否が応でも青嵐が極めて上位の強さを持つ鬼である事を男に認識させる。
尾に打たれ、風に吹き飛ばされた男の勢いは家屋にぶつかってようやく止まった。

一撃で体力をごっそりと削る青嵐の力に、血を吐きながら男は身を起こす。

「なるほど確かに。確かに貴様相手に速さ比べは愚の骨頂よな」

言いつつ己が内に宿るミタマに語りかけ、タマフリによって傷を癒やす。

失った体力も流れた血も、英霊の力によりすべて回復している。
無論、回数に限りはあるし、鬼にも似たような、否、タマフリより更に強力な再生能力がある以上、あまり悠長に構えてもいられない。

事実、今に至るまで男は幾度となく銃弾を撃ち込んだが、鬼本来の肉体にまで傷を与えたかと問われれば怪しい所である。

(とはいえ、脚は2本吹き飛ばした。尾に角に脚と破壊すべき箇所は多いが、無理難題というものでもない)

男は思考にキリを付け、自由に動ける場所へと脚を運ぶ、がその足元に強い旋風が舞い、男の歩みを止めさせた。

「これは……」

気付くと緑色を帯びた風が渦を巻いて漂い、男の周囲を塞いでいる。

『オレの妖気で作り出したつむじ風だ。迂闊に触れればズタズタになるぜ?』

青嵐が相変わらず頭に直接響くような声とも音ともつかぬ言語で男に語る。
わざわざ身をもって確かめるまでもなく、このつむじ風が刃物より鋭い事を理解した男は、ぬぅ、と歯軋りした。

『当然、風が止むまで待つつもりもねぇぞ』

言葉と同時、青嵐がつむじ風を飛び越えて跳ねた。
その牙は確実に男を狙っており、いかに男が鍛え上げた肉体を持つモノノフであっても致命傷は避けられない。
かといってつむじ風のせいで下がれるような場所もなく、このままでは青嵐の牙によって貫かれるのは必至、そんな絶体絶命の中でなお、男は銃を構え、放物線を描いて迫る青嵐に向かって弾を放った。

『ぐ、おぉおお!?』

思わぬ強い衝撃に青嵐が吹き飛ぶ。
ヒトの身体の数倍もあろう巨体が、まるで壁にぶつかったかのように弾かれた。

『ちいっ!』

宙でくるりと身を翻し、太い四足と爪で大地を掴んで衝撃のすべてを殺して地に降り立った青嵐は、憎々しげに男を睨む。

男はつむじ風の消え失せた道をずんずんと進み、青嵐と何度目かの対峙を果たした。

『テメェ……!』

「吠えるな、獣。溜めに溜めた霊力を込めた散弾、此度ばかりはその身にも堪えただろう」

青嵐の唸りもどこ吹く風、絶対的な力の差があってなお揺るがぬ眼光で、男は青嵐を見据えた。

そして、男の言葉はおおよそ当たっている。
至近距離から霊力を込めた散弾を全身に食らった衝撃は、飛びかかった勢いを跳ね返して行動を中断させ、かつ浅くは無い傷を青嵐に与えている。

「ゆくぞ」

男がそう言うと、青嵐の眼前に紫の球体が現れた。
青嵐がそれの正体を探るより先に球体は弾け、青嵐の身体を針のように刺す。

『んっだぁこりゃあ?』

途端に針が刺さった箇所に違和感が生じ、その隙を突いて男が散弾を放った。

『っ!痛ぇ?あの妙な針が刺さった部分で受けた所がやけに痛みやがる』
弾けた球体と同色に染まった脚や身体に青嵐が戸惑いながらも爪を振るい、男は太く鋭い爪が掠めた傷を気にせず、至近距離で散弾を撃ち続ける。


弾けた球体と同色に染まった角や身体に青嵐が戸惑いながらも爪を振るい、男は太く鋭い爪が掠めた傷を気にせず、至近距離で散弾を撃ち続ける。
ほとんど紙一重で青嵐の爪を、牙を、尾を、風をかいくぐり、男は散弾を放ち、やがて常より痛む青嵐の角がバキリと音を立てて折れた。

『ぐっはぁ!!』

頭を振り、朦朧とした意識を奮い立たせて睨みつければ、相対する男も全身を朱に染めて立ち、息を荒げている。
当然と言えば当然だ。
直撃こそなかったとはいえ、幾度となく掠めた青嵐の攻撃は、着実に男の身体を刻み、流した血の分だけ死に近づけているのだから。

『よくもオレの角を、よくもオレの角を!!許さねえ、絶対に許さねえぞ!!』

青嵐が今までに無い怒気を孕んだ声で大きく叫ぶと、唐突に空が不気味な色に変わった。
「タマハミ、いや、マガツヒか」

男が呟いた通り、青嵐は持てる力をすべて解放したようで、今し方折ったばかりの角がより大きくなって再生している。
その威容は凄まじい威圧感を放ち、並々ならぬ力が青嵐に満ちている事を示していた。

『こうなったらもう、加減なんざ効かねえからな!』

叫ぶと同時、緑色の球体、恐らくは強い風の力を秘めたそれが複数出現し、男に向かって放たれる。

「その姿、まさしく鬼だな。凄まじい力が故に、今や貴様の生命は表層にハッキリと浮かんでいる。『当たれば殺せる』状態の貴様など、こちらにしてみれば好機にすぎん」

『言ってやがれ!この猛攻を防げるもんならなぁ!』

緑に輝く風の球を回避した男に向かって、青嵐は錐揉みするように回転して男に体当たりをかます。
とっさに銃を構えようとするも、反転してまたも錐揉みして飛んでくる青嵐の速度に、引き金を引くどころか身を捻る猶予もなく肉を裂かれた。

「ぬ!ぐふ!」


脇腹を抉った角によって、せり上がる血を堪えきれず地面にぶちまける。

ただ一度の交差でほぼ致命的な傷を負った男に向かい、無慈悲に青嵐は爪を奮う。
地面を転がり、起き上がりざまに引き金を引いて弾を放てば、全身に生命が浮かび上がった状態の青嵐におびただしい傷が刻まれる。

『がぁあっ!この野郎!』

思わぬ反撃に苛立ち、まるで巨大な鈍器か、鋭利な刃物のような相反する力強さと鋭さを持つ青嵐の尾が、風の刃と巨体の質量でもって再び男を吹き飛ばす。
勢いは先ほどと違って弱まらず、家屋を突き破って地に男が叩きつけられてようやく止まるほどだった。

半壊した家屋を踏み潰し、いまだ倒れ伏している筈の男の息の根を止めるべく歩を進めた青嵐は、しかしぴたりと脚を止める羽目になった。

『な、どこに行きやがった!』

点々と付着した血の跡は一カ所で多量の血が零れた所でかき消え、それと同時に男の姿も消えていた。
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