短編

□初めては繰り返されて
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これまで病気というものをしたことがない。
しかし、いま、身体の異変を感じている。
喉がイガイガして、鼻水が止まらなくて、集中して物事を考えられない。
経験がない私でも「これが、うわさの風邪か」とわかることに、そう時間はかからなかった。

縁あってハートの海賊団の一員となった。
海賊になっても申し分ない素質が育つ環境にいたってことだけで、私のある程度のことは察してほしい。
お世辞にも育ちがいいとは言えないが、幸いにも丈夫で健やかな私は、これまで医者というものにかかったことがなかった。
医者がいるような島でもなかったのだが。
それなのに、人生初の風邪なるものにかかってしまい、実は、けっこう困ってる。
というもの、トラファルガー・ローこそ、この船のキャプテン及び医者なのである。
W医者がいるなら、いいじゃないかW
W医者は病気や怪我治療の専門家だW
そういったことは私にもわかっているのだが、『億超え賞金首』『ハートの海賊団のキャプテン』の肩書きが『医者』という肩書きよりも燦然と輝いて見えてしまう。戦いですら、キャプテンが動くなんておおごとだ。それなのに、たかだか私の風邪ごときの相談をするということにとんでもなく気が引けてしまうのだ。
理由はほかにもある。
ハートの海賊団は二十数人。
これだけの人数がいると、直接、キャプテンと話す機会がない。
進路を左右するような仕事を新入りの私がすることもないし、この船のわからないことをわざわざキャプテンに聞き行くこともない。
キャプテンが単独で船を離れることもあるためか、ハートの海賊団はキャプテンに次ぐリーダー格が何人かいる。ますます1番えらいキャプテンと話すこともなく、私が船長であるトラファルガー・ローと話したことがあるのは片手で数える程度だ。
しかも、挨拶程度のいくつか。
そんな関わりしかしていない私が、風邪なんかでキャプテンに相談できるわけないと鼻をぐすぐすさせながら思った。

ぐしゅ、ぐしゅと続けてくしゃみをする。
今日はベポと倉庫整理をしていた。
「あー…ぐしゅっ!」
「さっきからクシャミが止まらないな。風邪?」
「…風邪、かなあ?」
「キャプテンに診てもらいなよ」
「え?」
「え?じゃなくて。キャプテン、医者だから。治してくれるぞ」
ベポの言葉に私は乾いた笑い声を上げた。笑い声を上げると喉に引っかかった感覚があり、咳が出る。
「わ!?無理するな!」
ベポが持っていた銃器の箱を放り投げるように置いて駆け寄り、背をさすってくれる。
そんなことをしてもらったことさえ初めてだったが、少しだけ呼吸が楽になったような気がした。
「大丈夫大丈夫。風邪なんか寝てたら治るって!」
そう言いながら咳が治まっても肩で息をする私を見て、ベポの顔が不安の色に染まる。
「大丈夫じゃなさそう!!もう、キャプテン呼んでくる!」
「いいって!!ベポ!いいから!!」
部屋を出て行こうとしたベポの腕を引っ張って止めた。本気を出せば私の腕なんか振り払えるだろうに、ベポは大人しく止まってくれた。
「風邪って放っておいても治るって聞いたし、大丈夫だよ!」
「めちゃくちゃキツそうだぞ!?」
「いいから!本当にいいから!!」
私はベポの腕をつかんだまま、ベポの顔を見上げてなんとか笑う。
「風邪って、自己管理がどうのこうのってことも知ってるし!
なら、私がなんか悪かったんじゃないかな?!
そんなことで、キャプテンの手を煩わせられないよ!」
「誰がそんなこと、言ったんだよ!そんなわけないから!」
ベポが怒ったように言うが、私はとにかくキャプテンには言わなくていいで突き通す。しかし、ベポも絶対に引かない。
なんでこんなにもベポが引かないのかわからないまま、言い合っているうちに私はだんだんと頭も回らなくなってきた。いつまで経っても終わらなさそうな、この不毛な言い合いを切り上げなければと思い始めて、私の方から折れることにした。
「わかった、わかったから。じゃあ、とりあえず私、大人しくしておくよ。今日の残りは部屋で寝ておくからさ、ね?
だから、キャプテンには言わなくていいから!寝て起きたら治ってるよ!」
胸中で「知らないけど」と付け加えておく。
だって、はじめて風邪引いたし。
風邪なんて誰でも引く、ありふれたものだと聞いていたのに、なんだこのキツさはとぐらいは思っている。
今なら、風邪を治せる人間ってみんなすごい能力者だって言われたら信じる。
とにかく、キャプテンが出るなんて戦闘で言えば軍艦10隻、中将クラスの海兵がトランプカード並みに次から次へと出てくる時ぐらいだ。
それなのに、風邪なんかでキャプテンの手を借りられないと私は何度も自分に言い聞かせた。
私はベポにキャプテンには言わないことを念を押して、今日の作業を手伝えないことを重ね重ね詫びながら、倉庫から出て行く。
ベポは私がいなくなった後、放り投げたように置いた銃器の箱をまた手に取るわけではなく、すぐに倉庫から出て行った。
私を追いかけていったわけじゃない。
私と反対方向の部屋へだ。
キャプテンの部屋がある方へと駆けて行った。
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