色んな妄想

□強がりな子供
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 夜更け。長屋をびゅうびゅうと容赦なく叩く真冬の風は、一人に慣れているはずの土井の胸に、一抹の不安を宿した。

 寂しい、という感情ではない。
 アルバイトに出掛けたまま帰らない、教え子のことが気になって仕方がないのだ。

 戦で親も家も無くしたという少年は、いつからかすっかり長期連休になると、土井の家に入り浸るようになった。
 初めこそ迷惑だなんだと渋い顔をしていた土井だったが、気付けば飄々としたあの子供のペースに巻き込まれ流されて、バイトの手伝いまでする始末だ。

 ごめんごめん。なぁ、頼むよ、土井先生。

 両手を合わせてニッカリ笑う教え子のお願いを、断れなくなってもう随分経つ。



(あいつ…一体何処まで行ったんだ…?)


 床についてもう一刻は経ったが、未だに睡魔は訪れない。
 土井の安眠を妨害するのは、もう半日以上姿を見ていないキリ丸への心配だった。

 日が暮れる頃には帰るから、なんて言って、すっかり夜が更けても帰ってこない。
 事故にでも遭ったか、悪い仕事でも掴まされたか。

 土井は溜息をついて、床から起き上がった。

(探しに行こう)

 そうして立ち上がろうとしたとき、長屋の外で足音がした。
 キリ丸の足音だ。
 聞き慣れた足音にほっとして、土井は知らず入れていた肩の力を抜いた。

 かたっかたっ。と、なるべく音を立てないように慎重に戸を開ける教え子に、土井は思わず微笑んでしまう。
 土井に怒られるのが嫌なのか、起こしたら悪いと思ってるのか。
 どちらにしろ、可愛く思えてしまった。


「…っと…」
「お帰り、キリ丸」
「どっ、土井先生起きてたのかよ!?」

 声を掛けてやれば、面白いくらい飛び上がる小さな影。

「あ"ー…えっと…」

 ここまで遅くなった言い訳を考えているのか、キリ丸は頬をカリカリと掻いて天井を仰いだ。
 土井は苦笑して、「いいから、入って来い」と少年を手招く。

「寒かったろ。…茶でもいれるか?」

 取り敢えず湯を沸かしてやろうと火打ち石を持ち出した土井に、キリ丸が慌てたように「い、いいよ!」と首を振った。

「薪が勿体ねぇよ!オレは別に寒くねぇから…」
「寒くないってなぁ…そういうのは、この氷みたいに冷たい手を何とかしてから言え」

 握り締めた血の気のない青白い手は、見た目通り凍るような冷たさだった。
 足も頬も、みんなすっかり冷たくなっている。

「っちょ…先生…!ホントに平気だって!大体、こんな夜更けまで仕事が終わらなかったオレが悪いんだからさ…」
「お前にしては、えらく殊勝なことを言うなぁ」
「〜〜〜!とにかく、オレは平気だから!もう寝ようぜ!先生だって寝てなかったんだろ?」

 強がって布団を敷きはじめたキリ丸の背中を、土井は無言で見詰めていた。
 恥ずかしがるように振りほどかれた手の平が、急に冷たく凍えていく。

 お願い事をするときは猫なで声を出して擦り寄って来るくせに、気遣いに対してはやけに強がって見せるのだ、彼は。
 一人でも生きて行ける。割り切っている。そういいたげな小さな背中は、やはりまだ子供の背中でしかなくて。

 土井は堪らなくなって、床にねっころがろうとしたキリ丸の腕を引いて抱き寄せた。

「!!、せっ、先生!?」

 驚いて素っ頓狂な声を上げたキリ丸の顔が、瞬く間に真っ赤に染まる。
 土井は困惑しているキリ丸に構わず、自分の床に引きずり込んで掛布を被った。

「今日はやけに冷えるからなぁ…独り寝は寒い」
「せ、先生…だからってこれはちょっと…」
「なんだ、嫌か?」
「嫌っていうか、なんていうか…」
「恥ずかしい?」

 口篭るキリ丸に尋ねれば、図星だったようで更に赤くなった。
 土井はクスクスと笑って、キリ丸の体をすっぽりと抱き込む。

「…キリ丸、あんまり根を詰めすぎるなよ」
「……」
「無理をして体を壊しでもしたら意味がないだろ。…先生だっているんだからな」
「………うん」

 素直に頷いた子供の頭を数回撫でてやるうちに、胸元に擦り寄って来る感覚があった。
 額をこすりつけたら後はもうどうでもよくなったのか、キリ丸の手や足があちこちに絡み付いて来る。

「っ…おぉ?」
「おやすみ…っ」

 照れたように吐き捨てて、キリ丸は不自然な寝息を立てはじめた。
 下手くそなタヌキ寝入りをする子供が堪らなく愛しくなって、土井は微かに笑みを零す。

「タヌキだって、もっと上手いもんだぞ…?」

 その寝息がきちんと整うまでは見守っていてやろうと、土井はキリ丸の背中をあやすように撫でてやった。











(寒いなんて、強がりな君を抱きしめるだけの口実)

End



妄想が爆発した。

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