三國無双
□境界
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ホウ統はそう締め括った。
言葉の乏しい自分とも、彼は思考しながら的確に会話をしてくれる。
気を遣わせているのかもしれないと危惧するが、それでもやはりこんな自分の苦悩を汲み取って貰えた事が嬉しいと素直に思えた。
「済マナイ」
存外あっさりと口から出た謝罪に良く似た礼は、ちゃんとホウ統にも伝わったらしい。
ホウ統は酒瓶から直接酒を呑みながら、双眸を微笑の形に細めた。
*****
朝の調練を終えて木陰で休憩を取っていると、書物を読み耽りながら廊下を歩いている諸葛亮が視界に映った。
知らずの内に目で追っていたらしい。やがて視線に気付いた諸葛亮が書物から目を離し、周囲に首を巡らせてこちらをぴたりと見据えた。
射抜く様な、眼光だった。
思わず睨み返す形に為ってしまったのは、決して自分の所為では無い筈だ。
――――どのくらいそうしていたか、暫くして諸葛亮がこちらに近付いて来るのが見えた。
どういう心算なのかと僅かに身構えると、冴えた双眸に冷ややかな光を湛えた軍師は何食わぬ顔で「良い天気ですね」と声を掛けて来る。
「アア」
頷いておくのが上策だろう。
余計な事は喋らず、魏延は首肯した。
その応えに満足したのかしなかったのか、諸葛亮は相変わらずの考えが読めない表情で一人続ける。
「一昨日の酒宴、途中から姿が見えませんでしたね」
「…騒ガシイノハ、苦手ダ…」
「そうでしたか。……ホウ統も、張飛殿が騒ぎ出したからと抜けてしまいましてね。もしや二人で静かに酌み交わしておいででしたか?」
「……アア」
何かを探られているのだろうか。
いかに頭の足りない自分でも、諸葛亮の言わんとしている事に漠然と思い至った。
どうあってもこの男は、魏延に不信感しか抱けないらしい。
「……何ガ、言イタイ」
「別に、何も。気に障ったのなら謝ります」
謝ります、と頭を下げているのにそう見えない人間も中々居るものじゃないだろう。
魏延は喉の奥から迫り上がる感情を押し殺して、強く拳を握った。
「……………」
「……………」
双方が無言のまま、睨め付ける様な視線がぶつかる。
しかしその沈黙も長くは続かず、諸葛亮が「では」と踵を返して元来た道を折り返した。
「……ヌゥ…!」
ドガ!!と力任せに地面を殴り付けても、魏延の黒く塗り潰された気持ちは晴れる事は無かった。