三國無双


□境界
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蜀の成都を制圧するという話が魏延の耳に届いたのは、行軍する3日前の事だった。

彼の地が劉備と同じ劉姓の者が治める土地だというのは魏延も聞き及んでいた。

心優しき主君がその進攻をきっと快くは思っていないだろうというのも、彼の心を慮れば痛いほど解る。

(諸葛亮ノ、提案カ…)

重苦しい気分になり、魏延は詰めた息を吐き出した。

「おや、魏延じゃないかい」

不意に掛けられた声に、スッと胸が軽くなる。

あの間延びしたような、あっけらかんとした彼の声はとても落ち着く。

魏延はホウ統の姿を探した。

「こっちだよぉ」

再度呼び掛けられて顔を上げると、なんとホウ統は魏延が佇む傍らの木の枝に寝そべっていた。

「ホウ統…何ヲシテイル…?」

「ちょいと昼寝をね。こいつの枝は太くて丈夫で、寝転がるには都合がいいのさ」

肩肘を立てた上に頭を乗せ直す様子からして、ホウ統は枝から降りる気はないらしい。

御前さんも来るかい?と反対側の枝を示され、魏延は頷いて木に登る。

大柄な自分が乗っても大丈夫なのだろうかと危ぶんだがそれも杞憂に終わり、ホウ統の言った通り丈夫な枝は見事魏延を支えて見せた。

「少し目線が上がるだけで、世界が違うもんでさぁ。笑っちまうね」

魏延は自分とホウ統が並んだ時の身長差を思い出した。

(小サイ…)

きっと小柄な彼はこの木に初めて昇った時、変わる視界に純粋に心踊らせたのではないだろうか。

「御前さん少し失礼な事を考えちゃいないかい?」

「カッ考エテ、イナイ…」

慌ててかぶりを振れば、ホウ統はキョトンと目を丸くした後綻ぶ様に相好を崩した。

「なんだい」

「…?」

「御前さんも、出来るんじゃないかい」

魏延は、意味が解らない、と見えない眉を顰める。

「そういう顔さ。人間らしい、生きてる顔」


生きてる顔。


仮面に手を当ててみても、冷たい感触しか伝わらない。

「いいかい魏延、あっしらは戦と称して人を傷付けて殺す。それでも誰もが生きていて、笑って、泣いて、怒ってる。それが人間さ。今生きるあっし達も、今まで奪って来た命も、これから奪う命もそうさ」

「……生キテイル…」

「そうさ。生きてるあっし達は、奪った分の命を背負っていることを忘れちゃならないのさ」



だから、感情の儘に生きる。



「………」

魏延は、ホウ統が紡いでいく言葉の羅列をしっかりと噛み砕いて飲み込んでいった。

こんな言葉を掛けられたのは、産まれて初めてかもしれない。

「まぁ、爺の戯言と流してくれていいけどね」

「イヤ………」


いつか、彼のくれた言葉の様に――人間らしく、生きていけるのだろうか。


まだ解らない未来に願い、この優しい軍師がどうか無事で帰るようにと、らしくもなく祈ってみた。








 
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