三國無双


□境界
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―――成都でホウ統が戦死したと知った時、自分でも可笑しいくらいに愕然としたのが解った。

軍略に長けた男を失って得た、蜀の大地。

成都へ出向いていた劉備や趙雲を始め、彼を良く知る諸将達も戸惑いや悲哀を隠し切れないようだった。

それはどうやら諸葛亮も一緒の様で、いつになく難しい面持ちで劉備を仰いでいる。

「ホウ統のお陰で得る事が出来た我らの国だ…必ず、天下統一を成し遂げよう…!」

哀しみの色を湛えて尚、真っ直ぐで清廉な劉備の心は曇りはしなかった。

彼の言葉は己自身を叱咤するものであったが、同時に悲しみに打ち蔆がれていた諸将の意識まで揺り起こす。

「必ずや、蜀の天下を!」

誰かが反芻した。
それに倣って鬨の声が上がり、沈み込んでいた気持ちを次々に浮上させていく。

しかし魏延は、それをどこか人事の様に感じていた。

ざわめきに背を向けて、初秋の冷たさの際立つ外気に滑り込む。

一歩、また一歩と、歩みを追う毎に脳裏を過ぎる皺の寄った優しげな目許。

嗄がれた声。

豪快な武だと、酔いに任せて誉めそやす横顔。

「…………」

泣きはしない。
これが戦だ。十二分に理解している。ただ、肋骨の奥で軋む何かが酷く切ない想いにさせるのだ。


「―――魏延」

「…諸葛亮……」

背中に掛けられた声は、この痛む胸に追い打ちを掛ける男の物だった。

白い羽扇で表情を隠した諸葛亮は、それきり何も発する事なく魏延を見ている。

睨んでは、いない。

「…ナンダ」

焦れて用件を問い質せば、普段と変わり無い声音で諸葛亮が口を開く。

それは、今の魏延には余りにも酷な言葉だった。

「貴方も、人の死を憂えるのですね」

暗に、御前は残忍なだけの人殺しではなかったのかと、言われた様だった。

カッと頭に血が上るのを、諸葛亮の呻き声の後に感じた。

掴んだ諸葛亮の青白い両手首をぎりぎりと折らんばかりに締め上げて、近くの枯れた木の幹に背中から叩き付ける。
力を無くした諸葛亮の手の中から羽扇が滑り落ちた。

「っぅ……」

「キサマ…!」

言い返す言葉が見付からないほどに、怒りに打ち震えている自分が居た。

痛みで白皙の面を歪める諸葛亮のその様を、もっとこの網膜に焼き付けたい。
凶暴的な野性が行き場を求めて身の内をのたうつ。

「ッ諸葛亮ォ…!」

絞り出した声は地を這う様に低く響き、魏延はこれが憎しみなのか怒りなのか、最早判別が付けられなかった。

「魏延」

だが押さえ付けられた諸葛亮は、身の危険を感じていない様な涼しげな双眸で魏延を眺めていた。

「魏延」

名を呼ぶ彼の真意が掴め無い。
手を離せと威嚇しているのか、宥めているのか。

余りにも不似合いな穏やか過ぎる声に、ささくれ立った魏延の心が、濡れた岩肌が渇いていく様に徐々に落ち着きを取り戻していく。

「貴方の気持ちも考えず、軽々しい事を言いました。済みません」

珍しく神妙な顔付きで項垂れる諸葛亮を、魏延は対処に困って取り敢えず解放した。
これもお得意の詭弁かと身構える。

「……蜀にとって、余りに大きな損失でした」




 
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