三國無双
□境界
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「貴方には反骨の相がある」
にべもなく言い放ったのは、蜀漢の軍師足る男であった。
蜀の主である劉玄徳は魏延を信用していたが、政を司る彼の男だけはその頑なな姿勢を崩そうとはしない。
幾度魏延が否を称えようとも男は涼しい横顔を僅かにも変えることもなく、口の端を皮肉めいた所作で持ち上げるだけで。
せめて少しでも自分が饒舌であれば、こんなにも口惜しい思いをせずに済んだのだろうかと魏延は酒宴から離れた廊下の隅で一人考え込んだ。
この風貌が周りにあまり受け入れられていないことは充分解っている。
酒の席であろうとも、自分の異質な姿がその場にそぐわないという事は誰に言われるでもなく理解しているつもりだ。
こうして宴の喧騒から離れて一人酒を呷るのも魏延なりの気遣いであって、決して当て付け等ではないと言い訳の様に思ってしまうのは、やはり彼の男の言葉が根強く胸の奥に残っている所為なのだろうか。
注いだ酒を舐めるように含み、口腔内に滲みていく辛さを彼の視線や言葉と共にゆっくりと味わう。
裏切ラヌ、と。
子供の様に繰り返した誓いも、あの軍師の心には紙よりも薄い戯れ事にしか聞こえなかったのか。
きっと今この仮面の下の顔はこれ以上無い程に歪んでいることだろう。
それを思えば、表情を隠してくれるこれを厭わずに済みそうだった。
「おや、一人かい」
不意に、感傷に浸る魏延の耳に最近漸く聞き慣れ出した嗄れ声が届いた。
顔を上げて視線を巡らせれば、酒宴の明かりの洩れる大広間から続く回廊を辿って歩いてくる小柄な影がある。
「ホウ統…」
お互い見てくれで損をするねぇ、と複雑な心境を含ませて笑った彼は、魏延にとっては少なからず己を理解してくれる人間なのかもしれない。
「張飛殿が騒ぎ出したから、被害を被る前に避難して来たよ」
酒瓶を片手に魏延の隣にすとんと腰を降ろし、ホウ統がけらけら笑う。
いつになく陽気な様子からして少し酔っているのだろうと、魏延は彼を一瞥した。
「先の戦、見事だったねぇ。豪快で胸がスッとするよ。見ていて思わず手が止まっちまったくらいさ」
皺の寄った目許を細めて手放しで誉めそやすホウ統は、やはり大分酔いが回っているのか。
少しこそばゆい感覚を誤魔化す様に酒を一気に呷って、魏延は微かな声で、しかし明確な意志を示していらえる。
「我、戦ウ…蜀ノ、為」
ホウ統が、布で覆ったその口許で笑んだのが解った。
「……御前さん、大分気にしてる様だね」
「…………」
「諸葛亮も、悪い男じゃないのさ。蜀の為、劉備殿の為、僅かの間違いも許されない状況下で…神経質になってんのさ」
自然と励ますような口調になるホウ統に、魏延は重さを増すばかりの左胸を掴んだ。
「ヌゥ…」
小さく呻けば、隣人が困ったように吐息を漏らすのが聞こえる。
「全く、難儀だねぇ…御前さんも」
「……ナゼ、信ジヌ。諸葛亮、我、裏切ラヌ」
「御前さんは戦場でそれを示したよ。これからも、そうしてやっていくしか無いんじゃないのかねぇ…、諸葛亮はああ見えて頑固な所もあるもんだから」
「ソノ心算ダ…」
「……まぁ、何にしろ気にしすぎないこった。迷いは剣を鈍らせちまうからねぇ」