三國無双


□恋のから騒ぎ
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 突然背後から掛けられた声は、二人とも良く知る女のそれだった。

 先の官渡の戦いの後。その見る者全てを虜にせんばかりの美貌と女だてらに並の男を寄せ付けない豪胆さを見初められて、曹操の嫡男・曹子桓の妻となった傾国の美女、甄姫である。

「おぉ、甄か」

「お二人してこそこそと、何を企んでらっしゃるのかしら?」

 彼の曹丕の妻を肩書として背負う甄姫は、曹丕に劣らぬ程に聡明だ。

 曹操と夏侯惇、両名の様子から何か悪巧みでもしているのではと当たりを付けたようだった。

「企むというか…」

 曹操は夏侯惇に視線を投げる。
 夏侯惇が何も言わず眼を背けるのを見て、仕方ないと肩を竦めた。

「先刻儂の執務室に夏侯惇が飛び込んで来てな、夏侯淵が張コウに狙われておるなどと言いよって。外ならぬ夏侯惇の悩みだ、見て見ぬ振りも出来なくてのう……」

 そこまで言うと、甄姫は「あら」と口許に指先を当てた。

「何か知っておるのか?」

「えぇ…というか………詰まり義父上と夏侯将軍は、覗きをなさってらしたのね」

 甄姫が眼を眇める仕種に軽蔑の色を感じ取って、二人は慌てて弁解を唱えた。

「お、俺は淵の身を案じてだな…!!」

「儂とて、夏侯惇の力になってやりたいと思い…」

「…………まぁ、深く追求は致しませんが…」

 しばしの沈黙の後、甄姫は微苦笑を浮かべて先程まで張コウと夏侯淵が居た井戸を見遣る。

 そこには、とうに去ったと思われた張コウが変わらず佇んでいた。

 胸元を縋る様に掴み憂鬱な溜息を漏らす後ろ姿は、さながら初恋に悩む乙女を思わせる。

「……嗚呼…」

 甄姫は同じ様に顔を歪めて嘆息した。

「わたくしには解りますわ…張将軍の憂いがっ」

「甄??」

「わたくしの方が遥かに美しいけれど、恋情に身を焦がす麗人とはかくも儚く美しいものですわ…!!わたくしの方が美しいけれど!!」

(二回言った…)

(今自分の方が美しいって二回言った)

 口に出せば後から何をされるか解らない。
 取り敢えずそこは流して、夏侯惇が甄姫に向き直る。

「甄殿…しかし淵と張コウは…」

「あら。殿方同士だからって何か困る事がおありかしら?男と女だって子を成せるか成せないかの違いじゃございませんこと?」

 鼻で笑う勢いでまくし立てる甄姫に曹操と夏侯惇は顔を見合わせた。

「それとも夏侯将軍は、それなりの家柄の娘と婚儀を結び、子宝に恵まれて孫に看取られるのが最上の幸福とでも仰いますの?いいえ!それは違いますわ!真の幸福とは、愛し合う者同士が仲睦まじく暮らし乱世の厳しさも平穏なる世も共に生きること!!わたくしと我が君の様に…!!!」

 主張に熱の入って来た甄姫は気色ばんで訴える。

「よろしくて?人の恋路は応援こそすれ、邪魔だてするものではございませんのよ!将軍!」

 バン!!と効果音まで付き兼ねない勢いで言い切った甄姫に押される夏侯惇は、しかし解せない様子で渋っていた。





 張コウは自他共に認めるほど美しく、武芸にも秀でている。

 自己陶酔型の人間ではあるが、他者の良い部分は大々的に認めて賛辞する博愛精神に満ちた所もあるとも解っていた。





 
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