三國無双
□恋のから騒ぎ
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ただやはり。
同じ血の許に産まれた従兄弟が相手となると話は別だ。
華麗なる蝶の舞いが、燈し火に群がる蛾にしか見えない。
蛾というのもあんまりな表現かもしれないが、自分を「惇兄!」と呼び慕う夏侯淵を思うと冷静ではいられないのが本音だった。
「…………」
甄姫に気圧されすっかり思い悩んでしまった夏侯惇に、今度は甄姫と曹操が顔を見合わせる番だった。
堪り兼ねて、曹操が提案する。
「胸を張れる事ではないが、茶屋まで様子を見に行ってみるか?」
「孟徳…」
「…そうですわね。二人の仲を、少し冷静な眼で見てごらんになっては如何かしら」
「甄殿…」
顔を上げた夏侯惇に、義理の父娘が勇気付ける様に頷く。
(甄の奴…楽しんでおるな)
(義父上…楽しんでらっしゃいますわね)
似た者父娘が胸中で囁いたが、友好的な二人に感じ入っている夏侯惇がそれを与り知る事はなかった。
*****
商人や村人達の行き交う賑やかな城下町の大通りを、張コウと夏侯淵は歩いていた。
夏侯淵は厳かでない程度の軽装で腰帯に小振りの鞭を差していたが、普段と大差ない装い。
対する張コウは、いつもなら高くキリと纏めている艶やかな髪を紅玉の付いた飾り紐でゆるりと結び、派手過ぎない色合いの目に綾な着物を纏っていた。
一見女性と見紛う程の色香を漂わせていたが、その歩き方や仕種に彼らしい清廉とした上品な所作が滲む。
「なんかよ、悪くねぇな」
横目で張コウを見遣った夏侯淵が言った。
「何がです?」
首を傾げる張コウ。
「いやな、髪をよ…その、きりっとしてんのもお前らしくていいけどよ。なんだ、そういうのも悪くないもんだな」
どう褒めていいのか解らないのか、切れ切れに掛けられた夏侯淵なりの褒め言葉に、張コウはカッと赤面した。
「あ、有難うございます…」
恥じらう様に控えめに口角を上げれば、擦れ違う村人が振り返って張コウに見惚れる。
無性に恥ずかしくなったらしい夏侯淵が、がりがりと頭を掻きむしった。
「やるのぅ、夏侯淵」
それを遠くから怪しく見守る、例の三人。
「髪型を変えたってわたくしは気付いてすら頂けませんのに……!!」
「淵…!!奴を煽るんじゃない…!!!」
感心する曹操と、何やら嘆く甄姫に、憤る夏侯惇。
どうしようもない君主と、その息子の嫁と、君主の片腕は三者三様の思いで二人を追い掛けるのだった。
「将軍は、普段と変わりないですね」
照れ隠しで張コウがからかうと、夏侯淵は「まぁな」と自分の装いを見直した。
「変わりないのが一番だよな」
「えぇ。何を変えても変えなくても、将軍は将軍ですから」
「へへっ、照れるな…」
「ふふふっ」
暫くそんな風に会話を楽しみながら歩いていけば、どうやら件の茶屋に辿り着いたらしい。
店の様子を窺って、張コウはサッと顔色を曇らせた。
「…お休み、でしょうか」
目的地でもあった茶屋には人の気配がなく、暖簾も出ていなかった。
張コウは己の失態を恥じる。
折角夏侯淵を誘う事が出来たのに、これでは意味が無いではないか。