三國無双
□恋のから騒ぎ
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空は快晴、風は良好。
申し分ない穏やかな陽気に包まれた魏国の城は、今日も平和に蝶が舞う。
「張コウが夏侯淵にちょっかいを出す?」
執務室で書類を書く手を止めて、曹操はぽかんと、たった今駆け込んで来た隻眼の戦友を凝視する。
乱世の奸雄とまで謳われた魏の君主にこんな顔をさせたのは、勿論言わずと知れた夏侯元譲その人だった。
「そうだ」
不思議そうに首を捻る曹操とは裏腹に、対する夏侯惇は真剣な面持ちで厳かに頷いて見せる。
曹操は手にしていた筆を一旦置いて、ふむ、と顎に指を添えた。
張コウが夏侯淵にやたらとちょっかいを出している。
血相を変えて執務室に飛び込んで来た夏侯惇に、扉くらい叩けだとか声くらい掛けろだとか言ってやるつもりだった曹操だが、その口から飛び出した思いがけない言葉に考え込んでしまった。
「あー…夏侯惇?先ずは少し落ち着いて話をしないか」
「何を言うか孟徳!俺は落ち着いているぞ」
失敬なと腕を組む様子に、曹操は苦笑を浮かべた。
「詰まりだな…まぁ、茶でも飲みながらゆっくり聞こう」
苛立つ彼には温かい茶と甘い茶菓子が一番の特効薬だ。
内心書類相手の仕事に飽きていた曹操は、都合良く転がって来た楽しげな厄介事に胸を踊らせたのだった。
「ほぅ、張コウがのう…」
早速、女官に持って来させた茶を啜りながら聞いた話はこうだ。
なんでも、美しい物好きの張コウがやたらと夏侯淵を美しい美しいと誉めそやす。
最近では頻繁に遠乗りや食事に誘い、着物や装飾品のきらびやかな出で立ちに拍車が掛かって来たのだとか。
「夏侯淵はそれを疎ましく思ってはいないのか?」
あの夏侯淵の事だ。
万事恙(ツツガ)無く付き合っているとは思うが…。
「くっ…!!」
憎々しげに歯軋りをする様子からして、やはり曹操が思う通りのようだ。
詰まるところ、張コウと夏侯淵が日増しに親密になっていくのが面白くないのか。
曹操は堪え切れずに頤(オトガイ)を外した。
「ぶっ!はっはっはっはっ!」
「孟徳!何が可笑しいというのだ!?」
さも可笑しいと言わんばかりに笑い声を上げる曹操に、夏侯惇は激昂した。
しかし曹操は一度塞きを切った笑いを止められずに、尚も腹を抱えて長椅子に突っ伏す。
「孟徳ー!?」
「す、すまんな…。くくっ。堪え切れんかった」
「笑い事では無いのだぞ!!」
拳を握っての熱い主張に再び迫り上がりそうになる笑いを必死に押さえ込み、曹操は咳払いを一つ。
「ゴホン!!…夏侯惇よ、将達がそれぞれ仲睦まじく過ごしているのは、それ程に目くじらを立てねばならぬ事なのか?」
どんなに砕けていようとも、やはりそこは君主。
曹操の鋭い眼光を受けて夏侯惇は一瞬言葉を詰まらせたが、直ぐにキッと眦を上げて論を返す。
「それが余りにも過剰だから俺は不信感を拭えんのだ」
「過剰とな?」
片方の眉を器用に持ち上げた曹操に、夏侯惇は切実な悩みを打ち明けるが如くひそひそと囁いた。