三國無双
□獣遊び
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無感動な仮面を見上げて、諸葛亮は寝台に深く沈んだ体の気怠さに溜息を漏らした。
傷痕に覆われた筋骨隆々たる彼の背中に視線を合わせて、何故こんな事態に陥ったのかと昨夜の己の行動を振り返る。
昨日の夜。
蜀の城内で開かれた盛大な酒宴に、諸葛亮は参加していた。
そこには勿論、彼――魏延も出席していたが、申し訳程度に酒を嘗めて早々に彼は立ち去ってしまったのだ。
魏延が己が風貌を厭い、そういった祝いの席に長く居座る事を遠慮しているのを諸葛亮は知っていた。
彼を憐れんだ訳ではないが、その去り行く背中が無性に気になったのは事実だ。
気付けば彼を追いかけ、引き留めて、二人きりで酒を酌み交わした。
不意に触れ合った唇は、どちらが先に仕掛けたのかも解らなかった。
自分だったのかもしれないし、彼だったのかもしれない。
どちらにせよ、それが皮切りだったのは間違いなかった。
飼い馴らされた獣が突然野性を取り戻す様に喰らい付いて来た魏延を、押し止める事など出来る筈もなくする気も無かった。
笑ったのかも知れない。
それはある種の期待であったのか、それとも自嘲の笑みか。
前者であるのは明確。
だからこそ、自分は餓えた獣の前に無防備に横たわって見せたのだから。
「………起キテイタノカ」
背中に注がれる視線に気付いた魏延が、こちらを振り返って呟いた。
ぎしりと寝台を軋ませて片肘を付き、武骨な手で諸葛亮の掛布を肩まで引き上げる。
「辛クナイカ」
昨夜の激しさが嘘の様に穏やかに気遣う魏延に、諸葛亮は瞠目した。
獰猛な肉食獣を思わせる気性で、この体を思う様貪った男と同一にはとても見えない。
意外な姿に、諸葛亮はくすりと笑みを零した。
「?」
「いぇ、済みません…。少し可笑しくて」
「何ガダ…?」
「貴方にこれ程気遣われる日が来ようとは、と」
怪訝に首を捻る魏延を可愛いなどと思ってしまう自分は、言わずもがな末期だ。
「…無理ヲ、サセタ」
「望んだのは私です」
「ダガ…」
「確かに、随分と激しかったのは事実ですが」
「……済マヌ」
素直に謝る魏延に、知らず深くなる笑み。
諸葛亮は窓の外に目をやり、まだ夜の明けきらぬ濃紺の空を眺めた。
「どうも、酒が入ると人恋しくなります…」
「……………」
僅かな戸惑いを見せる魏延の気配に、堪らなく愉しむ自分がいる。
諸葛亮は魏延に視線を戻し、複雑な心境が見え隠れする口許に指を添えた。
触れるだけの口接けを贈り、彼の胸元に頭を埋める。
「………ドウイウ、ツモリダ」
困惑の色を濃くする魏延は、甘える様に身を寄せて来た諸葛亮の背を抱き締めるべきか否かと葛藤していた。
「…朝はまだ冷えますね、魏延」
暗に抱擁を促され諸葛亮を腕に囲めば、彼らしい痩せた体つきが改めて良く解る。
昨夜はこの細い四肢を衝動に任せて割開き貪り尽くしたのだと思い返した魏延は、胸がどくりと跳ねる感覚に背中を粟立たせた。