三國無双


□酒に酔うなら
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 宴も闌。
 酒に酔い潰れた者が介抱されつつ、程よく酔いが回って語らう者達ばかりが幾人残った大広間での酒宴にも漸く終わりが見えて来た。



 宴会の席には既に馬超の姿はなく、気付けば趙雲も見当たらなかった。
 張飛のいびきを合いの手に、酔った劉備が回らぬ舌で懸命に語るのを穏やかに関羽が聞いてやり、もはや欠伸を噛み殺すばかりの諸葛亮だけが二人の不在に意味を見出だしてにやりとする。

「――――……」

 口角を上げれば、諸葛亮が己の話を聞き流しているのを目敏く見付けた劉備の目が光った。

「諸葛亮、聞いているのか?」
「えぇ聞いていますよ」
「証拠はあるのか証拠はー」
「兄者、拙者がきちんと聞いております故……」

 宥める関羽の腕にひしとしがみ付く劉備に、諸葛亮は再び笑みを浮かべた。






*****


 ひやりと冴えた夜の風が、酒に火照る体を撫でていくのが心地良い。
 猫の爪に似た下弦の月が浮かぶ濃紺の空を仰いで、馬超は銚子から盃に酒を注いだ。

 一息に呷りはせず、嘗める様に口に運ぶ。つん、と袖を引かれた。誰が引いたかなど確認せずとも解る。

「飲み過ぎではありませんか…?」

 小さく控えめな声音で窘めるのは、馬超の膝に頭を預けて寝そべる趙雲だった。
 人の気配の無い庭沿いの回廊に座る馬超が所謂膝枕をしているわけなのだが、する方もされる方も互いに酔っている為だろう。

「飲み過ぎて眼を回したお前に言われたくないな」
「……それは…申し訳ない…」

 眉を八の字にして小さくなる様に、それでもお前は五虎将の一人かと笑い出したい気持ちになる。
 これが単騎で長坂を駆け抜けた英雄だというのだから、人は見掛けじゃ解らないものだ。

 足止めされた上に膝まで貸しているというのに、思わず笑みが浮かぶのが解った。
 虚ろな眼差しで見上げてくる趙雲が不思議そうに小首を傾げて、へら、と返してくる。

「…………」

 成程と思った。
 彼が女官達にさわがれている理由が解った気がする。

 普段は凛々しく精悍な様相が、酒が入ると実に稚(イトケナ)い。 不覚にも、可愛いと一瞬でも思ってしまった自分が可笑しかった。

(俺も、飲み過ぎたか…)

 自嘲しつつも、膝の上から一心にこちらを見上げてくる双眸に、うっかり心許してしまっている自分が居るのも確かだった。
 手を伸ばして艶やかな黒髪を指先で梳くと、喉元を撫でられて喜ぶ猫の様にうっとりと瞼を閉じた。

「馬超殿…?」

 趙雲の声を聞きながら、己は何がしたいのだろうかと頭の隅で考える。
 答えが出る前に、否、答えが出たとしてもそれは『何となく』に尽きるのだろうが、馬超は身を屈めて趙雲に戯れに口接けた。

「―――――…あ、」

 触れ合って、離れた。
 それこそ猫の様に眼を丸くした長坂の英雄が、言葉を発しようとして、躊躇する。
 にやりと口の端を吊り上げてその様子を眺めていた馬超は、再度趙雲に口接けた。
 今度は少し深く。

「……お前が俺に言ったんだろう?」

 貴方は、恋をすべきだ。


 最初こそあしらったものの、酒で蒙昧になる頭ではそれも良いかもしれないとさえ思う。

 馬超の狡猾な笑みに、趙雲は甘ったれた猫の皮を脱ぎ去り獣の本性が覗く目付きで、挑発に乗った。


 
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