三國無双
□酒に酔うなら
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ぎゅっと握られた己の手を見つめ、馬超は把握の追い付かない頭のまま正面に座る男を一瞥した。
「…………何をなさる」
困惑と苛立ちのないまぜになった様な低い唸り声は、しかし目の前の真剣な顔付きの男―――趙雲には全く効かない。
「馬超殿は、お美しい」
「は?」
「これほど見目麗しくいらっしゃいながらも、軽やかな身のこなしと類い稀なる馬術、槍術で敵を翻弄するその強さ。この趙子龍、感服致しました」
「それはどうも。して、この手は」
何を宣うのかこの男は。
馬超は呆れの滲む仕種で、掴まれた左手をふらふらと左右に振って見せた。
「ははは、これ愉しいですね」
「俺を侮辱しておられるのか?」
「とんでもない、尊敬しています」
不機嫌の数値が急上昇していく馬超だが、一方不機嫌の原因である趙雲は全く意に介さずへらりと笑った。
「馬超殿は、恋をなさるべきです」
「………………………………………………は?」
…………さぞかし今、自分は間抜けな顔をしているに違いないと馬超は思った。
「…酔っておられるな」
「はい、貴方に」
「〜〜〜〜〜!!話にならぬ…!」
「おいおい何の騒ぎだー?」
堪り兼ねて趙雲の手を思い切り振り払えば、騒ぎを聞き付けたらしい張飛と劉備が酒瓶片手にやってきた。
今が酒宴であった事をすっかり失念していた馬超は、厄介を助長し兼ねない髭男と、尊敬して止まない大徳に恥ずべき状況を目撃された事に苦虫を噛み潰した様な表情になった。
「劉備殿…!これは……」
「ああ張飛殿、劉備殿」
馬超が何か言い出す前に、趙雲が二人に反応した。
「趙雲、余り馬超に迷惑を掛けるなよ」
「はははっ、こいつは呑んでも顔色変わんねぇから酔ってっか解んねぇんだよなぁ!」
劉備は幼子を窘める調子で、張飛は豪快に笑って何故か馬超の肩を叩く。
「張飛殿!馬超殿は繊細なお方なのですから乱暴は止してください!」
なんで俺が…と納得の行かない面持ちで張飛を軽く睨め付ける馬超だったが、趙雲が直ぐさま非難の声を上げて長机をバシバシ打ち鳴らすのを聞いて思わず張飛に縋り付いて項垂れた。
側頭部を襲う痛みは、きっと酒だけの所為ではない筈だ。
「おぉ、すっかり馬超と打ち解けたようだな」
「はい!仲良くなりました」
「それは重畳だ」
「とっても愉しくて、お美しい方なんですよー」
「そうかそうか、これからも仲睦まじくやっておくれ」
酔っ払いの戯れ事に心底嬉しげに頷く劉備も、言うまでもなく酔っているのかも知れない。
当の本人を差し置いて友誼が確立しつつある現実に、馬超は片手で目許を覆った。
そんな馬超に労りの言葉もなく張飛が便乗する。
「はっはははー!!趙雲は馬超に惚れちまったかっ!」
「!!?、張飛ど…っ」
「そうなんですよー、素気なく振られちゃいましたが」
「趙雲殿…………」
いっそ消え入りたいと、机の角に額を当てて背中を丸める憐れな錦を庇う者は現れなかった。