贈る妄想

□古人曰く、それは恋
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 諸葛亮といい張飛といい、何故こうも趙雲趙雲と騒ぐのか。

 馬超は全く見当が付かず憮然と腕を組んだ。
 普段から勇ましく凛然とした馬超の、子供がいじけたような仕種が可笑しいのか、張飛は遠慮なく笑い声を上げた。

「まぁそう拗ねるなって。どうだ?暇ならいっちょ俺とやらねぇか?」

 臍を曲げた子供を宥めるように、張飛は肩に引っ掛けていた木刀を示す。
 存外素直に馬超は頷き、挑戦的に口の端を上げた。

「いいだろう」
「おっしゃ!おーいお前等、場所空けろーっ!」

 素振りに勤しむ兵士達を退けて、二人は調練場のど真ん中に陣取った。

「おい、馬将軍と張将軍が一戦交えるらしいぞ!」
「こりゃあ見なきゃ損だろ」
「あ、俺他の奴らに声掛けてくるわ!」

 ざわざわと騒めく兵士の中から数人が城内へ散っていく。

 張飛の物と同じ木刀を手にした馬超は、髪を抑えるように頭巾で覆って準備を整えた。

「さぁ来い!張飛殿!」
「へっ、泣くんじゃねぇぞ馬超!!」














 なんだか城内が騒がしい。

 ふと顔を上げた趙雲は竹簡に筆を走らせる手を止めて、同じ執務室で作業する副官に目を遣った。

「なんの騒ぎだ?」
「様子を見て参ります」

 副官もまた仕事をする手を休め、外へ出ていく。
 暫くして戻って来た彼は、調練場で馬超と張飛がやり合っている、という旨を口にした。

「馬超殿がいらしているのか」

 休みの筈なのに、と訝しむ趙雲だったが、翌々考えれば馬超ならばさもありなん、と苦笑いを浮かべる。

「馬超殿の戦い方は軽やかで美しいからな。皆こぞって見たがるのだろう」
「ええ。やはり西涼の錦と謳われたお方、誰もがその武にもお姿にも憧憬の念が絶えぬことでしょう」

 馬超を誉めそやす副官の顔をちらりと一瞥し、趙雲はなんだか自分が誉められているかの様に嬉しく思った。
 かつてこの城へ馬岱と共にやってきた馬超は、その頑なな姿勢の所為で多くの反感を買っていた。

 顔は整っていても無愛想で、口を開けばつれない事ばかり。
 張飛などは「いけすかねぇ野郎だ」と嫌悪を隠しもしないで、馬超との諍いは絶えなかったものだ。

 あの頃ならば慌てて駆け付けて止めたであろう打ち合いも、今となっては「そうかそうか」と自分も野次馬の一人として見物できる。

(一族郎党を根絶やしにされた苦しみや怒りは計り知れない……あの頃の馬超殿は寄り所もなく、ああして牽制するしかなかったのだろう)

 目に見えて解る馬超の変化には誰もが目を瞠り、そして誰もが強く引き付けられた。
 彼の真価に皆が気付いてくれたことはとても喜ばしいことだが、しかし同時に大事な親友を奪われてしまったかのような子供染みた独占欲が胸に宿る。

 まだまだ修業が足りないな、と嘆息して、趙雲はスッと立ち上がった。

「少し、休憩しようか」
「行かれるんですね」

 趙雲の行動を先読みした副官は、くすくすと肩を揺らしている。
 少し気恥ずかしくなりながらも頷いて、趙雲は調練場に足を運んだ。










 
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