贈る妄想
□古人曰く、それは恋
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張飛の振りかぶった一撃は、たとえ装備が木刀であっても重かった。
受け止めた木刀から衝撃が伝わってびりびりと痺れる指を叱咤し、馬超は刀身を傾けて張飛の獲物を滑らせる。
カン!と小気味良い音が響き、柄と刃先を交互に繰り出しての攻防が加速していった。
「オラオラァ!どうした馬超押してこいや!!」
「今行こうと思っていたところだ!!」
張飛の木刀を受け止めた瞬間に馬超の沓が土に滑り、ずるりと体勢が降下した。
張飛はしめた!とばかりに口角を上げたが、同様の笑みを馬超も浮かべる。
「おぉ!?」
尻餅をついて倒れ込むかと思われた馬超の手が張飛の腕を掴み、ぐいと引いた。
張飛は巻き添えを食わないよう踏ん張ったが、それは馬超にとって好都合だった。
「よし踏ん張れよ、張飛殿!」
たたん!!と軽やかに地面を蹴って、張飛を支えに馬超は彼の頭上へ飛翔する。
「てめ…!」
馬超に向けて木刀を横薙にするが、それも切っ先で器用にいなされてしまった張飛は、彼が着地した瞬間を狙って足払いを仕掛ける。
それに引っ掛かってよろけたのはわざと。
自分から地面に飛び込み綺麗な宙反りをみせた馬超に、周囲のから拍手が贈られた。
「張飛殿も皆に良い所を見せなくてはな!」
「へ!生意気言いやがって!」
カン!カン!と木刀が攻めぎ合う。打って、受け止めて、躱して、また打って。
馬超の軽やかな跳躍と、張飛の地も割らんばかりの打撃。
二人の攻防が激しさを増していけばいくほど、周囲に集まる野次馬達は増えていった。
「よしそこじゃ!打て!」
「おや、止めましたね」
「流石は翼徳、力なら馬超も敵わぬか…」
「いやいや雲長、翼徳とて身軽さなら馬超には敵うまいよ」
黄忠に諸葛亮、果ては関羽に劉備まで。
仕事はどうした仕事は、という発言は暗黙の了解で胸の奥に仕舞われ、諸将達は蜀を代表する二人の打ち合いを観戦していた。
「――おお、趙雲」
ふと外回廊を歩いて来た趙雲を見付けて、劉備がひらひらと手を振った。
関羽達も振り返り、趙雲と軽い挨拶を交わす。
「皆さんお揃いですね」
「そりゃあ錦の小僧と張飛殿がやらかしてるとあっちゃあ、黙ってわおれんわい」
呵々と笑う黄忠の隣で関羽が頷き、諸葛亮も烏扇の下に浮かべているだろう笑みからして気持ちは同じ様だ。
やれやれと肩を竦める趙雲だったが、お前も人の事は言えないだろうという劉備のやり返しに微かな苦笑を刷く。
「お見通しですか…」
「お前は案外解りやすいからなぁ。馬超の事となると目の色が変わる」
にこにこと、端から見れば普段と変わりない穏やかな劉備だったが、趙雲を意地悪く揶揄う彼は城下の悪ガキの様だった。
「お恥ずかしい限りです」
「仲睦まじきは美しき哉。これからも馬超を気にかけてやっておくれ」
「はい」
照れつつもしっかりと諾った趙雲は、調練場の真ん中で躍るように木刀を振るう馬超を見詰めた。
世にも美しい錦の男。
願わくば彼には、いつまでも健やかにこの蜀で生きていてほしいと思った。