冥の泣きピエロ

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何のへんてつもない至って普通のどこにでもいる少女の運命なるものが大きく変わったのは、あるきっかけがあったからだった。


その日、千景はいつものように帰路についていた。
朝はこの道を通って学校へ通う。
終わったらまた此処を通り家に向かう。
変化の起こらない至極退屈かつ平和な毎日だった。


その平凡にピリオドが打たれたのはもう少し後の事。
自宅まで後ほんの僅かの道端で、想像もしていなかった頭痛が千景を襲う。
勿論生きているからには何度か体験をしたことがある。
が、しかし、突き刺さるような頭部の痛みはこれまで感じたことのない程痛みを伴っていた。
まるで脳内を抉るような感覚に気持ちの悪さを通り越して吐き気すら覚える。


なんとかふらつく足を叱咤しながら道路をおぼつかない足取りで進む。
転ばないようにと下を見ながら歩いている千景は不意に目の前から視線を感じ取った。
ズキリズキリと一定間隔で痛みが走る頭を押さえながら目線を上げた。
その千景に映るのは到底信じがたいものだった。


闇色に光輝くごてごてした装飾が満遍なく散りばめられたそれ。
そう、例えるなら、鎧だ。
位の高い騎士が纏う、作りのしっかりして、尚且つとても目立つ鎧。
それに酷似しているのだと千景は痛みがひかない頭で考えた。
だが問題がある。


何故そんな大層な物がこんな住宅地の道にあるのだろうか。
何故この鎧は当たり前のように宙に浮いているのだろうか。


普通を日常として認識しながらまだ短い人生を歩んできた千景には理解ができなかった。
こめかみを苦しげに押さえながら鎧を見据える。
一定間隔で僅かな浮上を繰り返すそれは、夕日を受け、鈍く反射を繰り返した。




あまりの激痛に千景の視界が滲んでいく。
目が霞み、景色が歪む。


耐えられず咄嗟に意識を手放した千景はその場に崩れ落ちた。
思考が暗闇に浸かる、その一瞬前に、千景の脳内に直接声が響いた。






『貴女が次の我が主。』






女とも男ともとることが叶わない不思議な声。
それを最後に、千景の意識は完全に、闇に沈んだ。









「……ん、あれ?」






未だに痛みが走る頭を押さえながら千景は目を覚ました。

睡魔から解放されたばかりのボヤける目を擦りつつ辺りを見回す。
きらびやかとは言い難いが、それなりに格調高い部屋。
そこに備え付けてあるベッドに千景は今まで横たわっていた。


柔らかなベッドに手をかけて降りようとすると感じる違和感。
指先に何か冷たいものが触れたのだ。
確認をすると、それはまさしく先ほどの鎧で。
違う意味で頭が痛んだ。






「目が覚めたか。」






不意をついて、千景の耳を、誰かの声が震わせた。
恐る恐る面をあげると視界に映るのは、漆黒の衣を纏った、黒髪の女性だった。
凛とした空気が彼女を包み込んでおり、同じ人なのだろうかとさえ思わせてしまう。
そんな世間離した雰囲気を持つ人だった。






「あ、貴女は誰?ここはどこ!?」






わからないことだらけで不安に心を支配された千景は思わず声を荒げてしまう。
しかし、それに気を悪くした素振りを見せず、尚且つ至極落ち着いた声色で、千景に信じがたい事をいいのけた。






「これが、さだめなのだ。」






ハッキリと、しかし悲しそうに言葉を残し、部屋を去る漆黒の女性、パンドラ。
彼女が消えた扉を見つめながら呆然とする千景。
今しがた言われた言葉は受け入れがたいものだった。






お前はハーデス様の配下、天哀星クラウンとして、アテナと聖闘士と闘うのだ。






一介の学生でしかない千景には、闘うなんてできるはずなく、見たこともないハーデスに従順するのもまた、できない相談だった。
いつの間にか痛みの引いていた頭は正常に働くことはなく。
ただただ現状を否定しようとしている。
その千景の姿を、無機質にクラウンの鎧、冥衣が見つめていた。







brain,refuse
(脳よ、拒め)

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