冥の泣きピエロ

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黒光りする鎧をその身に纏いながら、千景は思い出していた。
何故自分がこうなったのかを。
そして、主である冥王の魂と対峙したときのことを。




天哀星クラウンとして、聖闘士らと闘う。
それは、学生だった千景には到底理解しがたい内容であったし、闘いなどとは縁遠い世界で平和に生きてきた。
けれど従わなければと思うのは、この冥衣と呼ばれる鎧を纏っているからなのか。


ふと千景は血の香りを鼻に受けるのに気づいた。
それもかなりの多量に。






「ついに、始まったんだね。」






ギュッと固く拳を握った。
同じ地球で生をまっとうしてる人間が、何故争わなければいけないのだろう。
死んだら怖くないのか。






「私は、怖いよ。だから、冥王様に……」






逆らうんだ。
最後の方は誰にも覚られないよう小さく呟いた。


逆らう。
それは有ってはならないことだと千景はよくわかっていた。
しかし、冥王が勝利をつかんだら、地上に生きる人間たちは未来を奪われる。
そう漆黒の女性、パンドラが話していたのを盗み聞いた。


そんなのイヤだ。
誰一人としていなくなるなんてイヤだ。
子供だからなのか、千景は闘士にしては甘すぎる考えを持っていた。
だがそれも仕方のないこと。




段々と一つの小宇宙を感じ取った。
とても強固な意志をもつ、強い小宇宙だった。




ついに自分も闘わなくてはいけないのだろうか。
フと睫毛を伏せ、ここに来てから孤独でしかない千景に、手を差し伸べてくれた人物を思い出した。
長い銀色の髪が特徴的な厳しいけれど、自分に優しい天英星のバルロン。


やはり彼は、闘うのか。
だろうな。
闘うことを選択しないのは自分一人なんだ。


死ぬのがイヤだから。
でも結局、それも無駄になる。
近づいてくる聖闘士に、千景は殺されてしまうのだろう。
当たり前だ、千景は聖闘士にとって、憎むべき敵なのだから。
に加え、アテナがこちらの手中にあるいま、情けなど微塵にもない。






「やだなあ、痛いのは。」






小さく笑いを溢した。
しかし、それは精一杯の虚勢だった。
笑うしか、ない。
そうでもしなければ、恐怖のあまり崩れ落ちてしまいそうだったからだ。
敵にそんな姿を見せるのは、さすがに悔しい。
少しだけは、抵抗してやりたい。


負けず嫌いが祟ったのか、ほんのわずか、千景に変化が訪れた。
だがすぐさま元に戻る。






「……来た。」






もうすぐそばまで小宇宙が近づいてきたのを感じて、自然と言葉を漏らした。


バルロンは、怒るだろうか。
冥王の望みを遂行しようとしなかったから。


きっと怒るだろう。
真面目な彼のことだから。






「怒られんのもイヤだよ。」






フフと柔らかく口角をあげた。




タイムリミットまで、もうすぐ。









「……ッハ、冥闘士!?」






金色の髪を揺らせながらついにやってきた聖闘士。
左目を負傷してるようだった。
それでも尚且つ進もうとする心構え。
千景は思う。
自分とは大違いだ。






「さあ、聖闘士さん。どうする?」






普段はつけていないピエロの面を下げた。




だって私はクラウン。
騙すもの。
泣きながら笑う、偽るもの。





「くっ、やはり闘わなくては!」






苦しそうに呻く聖闘士に心の中で呟いた。






『必ず、冥王様を止めてね。』






と。


千景と聖闘士の間に沈黙が流れた。
じっとマスク越しに聖闘士を見つめ、一つ心に引っかかる。
彼の顔、見たことがある気がした。
自分のようにマスクで隠していないため、素顔はさらけ出されてる。
そのどちらかと言えば端整な顔つきは、見たことがあった。


しかし、戦場では、まったく関係などありはしない。
片方が倒れるまで、凌ぎを削るのだ。






「く、いかせてもらう!ダイアモンドダスト!」






聖闘士から飛ばされた強烈な冷気は、容赦なく千景の身体を貫いた。
元から闘う気などさらさらなかった千景は抵抗なしに倒れ込んだ。


驚愕に眼を見開いた聖闘士に聞こえる声で、苦しいながらも伝えた。






「世界から、光を無くさないで?」






千景の意識が闇に沈むなか、最後に見えたのは、自分の名を叫びながら駆け寄った白鳥座だった。







It sinks in the public peace
(暗寧に、沈む)

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