冥の泣きピエロ

□2
1ページ/1ページ




ふわり、としたまどろみに、千景は浮かんでいた。
ぼんやりとする思考の中、なんとか視界に捉えることが可能な右腕を動かした。
刹那、鋭く、しかし鈍く走る痛みに顔をゆがめた。


千景以外、存在が確認されないこの、空間。
何もない、真っ白な世界。
眼がやられそうなくらい澄み切った白は、意識を睡魔へと押しやろうとする。


それに抵抗するのは、やけに気だるい。
嗚呼、もうこのままいっそ。




ずっと眠りにつこうか。




だって自分は頑張ったではないか。
知り合って間がないとはいえ友を騙した。
服従するべき主にも逆らった。
あの、金髪の少年に期待をかけた。


できる範囲のことかすべてしたんだ。
もうほっといて欲しい。
倦怠感に全てを委ねようと、千景は薄く開いていた瞼をゆっくりと閉じかけた。


だが、それは叶わない。
なぜなら、千景しか存在できない筈の空間に、ナニカが干渉したからだ。
重々しく瞼を開けると、そこにあるのは、闇色の鎧。
冥衣、クラウンだった。
黒光りを繰り返し、千景の眼を射抜く。
まるで、諌めるようだ。


お前は何を言いたい?
音なき声でクラウンに問いかける。
しかし、答えなど返ってくるわけでもなく、ゆるく頭を振って、身体を襲う睡魔に任せようとした。






『貴女はそれで良いのか。』






脳髄に直に響く音。
驚いたことで眠気は吹っ飛んだ。
千景は急いで辺りを見回すが、あるのは冥衣のみ。
まさかそんなはずは、と心で否定しながらも可能性としてありえるのはそれだけ。






「もしかして、貴方が……?」






半信半疑を隠せない声色で呟くように言葉を零すと、キラリ。
肯定をとるように一度大きく瞬いた。


予想外の展開に、千景がゴクリと喉を鳴らす。
だってこれは無機質な鎧でしかないではないか。


だが、記憶を手繰り寄せると脳内に浮かび上がるシーン。
それはパンドラに言われたことだった。
大勢の冥闘士の前で、彼女は高らかに宣言をした。




お前達は冥衣、そしてハーデス様に選ばれし者なのだ。




澄み渡る、よーく響く声で言っていたので、記憶を辿るのは容易だった。
選択権は冥衣にあって人間にはない。


ならば、敗者である自分に、クラウンの冥衣はなんのようなのか。
戦闘を拒否し、敵にエールを送った自分にいったい何があるというのだろう。






『貴女はそれでいいのか。』


「どういう意味なの?」






気だるさに意識を飛ばされないよう保ちながら冥衣に問う。
冥衣は千景を諭す。
本当に死んでもいいのか。
このまま冥王等に何も訴える事なく命を落として構わないのか。と。


それはイヤだなあ。
しまりのない笑みを浮かべて千景は呟いた。




バルロンに、友にもう会えないと思うと、無性に『死』が恐ろしくなった。
先ほどまでは千景に死への恐怖は微塵もなかった。
だが、もう顔をこの眼に何も写せないと自覚した瞬間に身体中を駆け巡る悪寒。



死にたくない、死にたくない。






「どうしたら、助かるのかな?」






千景の問いにクラウンは答えた。






『貴女を呼ぶ声に委ねよ。』






その言葉のあと、急に脳内に響く声。
聞いたことのある、ああ、あの金髪の少年のものだ。
妙な納得をして、頷く。


少年は、必死に声を搾り出しながら千景を呼び続ける。
その悲痛さといったら。


仕方ないなあ、一言漏らすと、声へと意識を集中させる。
クラウンは、千景が向かう意志を見せるのを確認すると、姿を消した。
千景は思う。
きっと、戻っていったんだ、生が存在する世へと。


じゃあ、私も向かおうか。






It goes up more than the death's maw
(死の淵より上がる)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ