冥の泣きピエロ

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今自分を羽交い絞めにして止めている仲間、兄弟である星矢と、必死に落ち着くように諌めるわが師カミュの横っ面を殴りたくなった。
俺の目に見えるのは、所々に氷の粒が付いたまま横たわり、ピクリとも動かない人、千景さん。


この人を生無き存在にしたのは紛れもなく俺自身で。
けれど、他の過去に命を失ったカミュや敵が蘇っているのなら、この人だって生き返っているはずだと思った。




意識を取り戻ってから周りの声を気にも留めず千景さんと対峙した場所に駆けた。
冥闘士の奴らも他の聖闘士も驚いていたけど、そんなの俺の中では二の次。
何より優先するべきはあの人なのだから。


そこ、今でいう此処に着いた俺を襲ったのは、抑えの利かない衝動だった。
なぜこの人は横たわったままなんだ?
なぜこの人は呼吸をしていない!?




なぜなぜなぜなぜなぜ!?




フラフラとおぼつかない足取りで傍によった。
顔に張り付いたままのピエロのマスクを外すと、眼を閉じている千景さん。
触れた頬は体温なんて微塵も感じられなくて。
脳の奥を金槌で思い切り叩かれた気がした。






「オイ、氷河!なんなんだよいきなり走り出して!」






星矢の声なんて無視だ。
俺にはもう、この人しか見えないのだから。




冥衣を纏いながら動かない千景の身体を起こした。
あまりにも軽くて、目の前が暗くなる。




ふざけるな。
こんな、危険とはかけ離れた世界で生きてきたこの人を巻き込んだ。
聖戦が終わったなど関係ない。
……さえ、ハーデスさえいなければ、こんなことにはならなかった!!






「……千景?」






突然後ろから千景さんの名を呼ぶ声が聞こえた。
首を僅か動かすと、冥闘士だと確認できた。
長く真っ直ぐな銀髪を揺らして動揺している。




お前なんかが、彼女の名を、軽々しく呼ぶな。
お前等の主人がこの人を選ばなきゃ、死ななかったのに。


確かに、実際に命を奪ったのは俺だ。
けれど、ハーデスが、冥衣が千景さんを選びさえしなければ、こんなことには……


気づいたら俺は、あの冥闘士の胸ぐらを掴みあげていた。
怒り、憎しみ、色々な感情が混ざって、自分でも制御ができない。






「ひ、氷河!何をして……」


「黙れ紫龍!……お前たちさえ、お前等さえいなければ、千景さんは!!」





冥闘士に掴みかかる俺を、星矢が後ろから止めて引き離された。
どうしようもない燻った負の感情はそのままに。




ゲホリ、と一度咳き込んだ冥闘士。
ソイツは俺を悲しげな目で射る。


なぜだ。なぜ貴様がそんな目をする。
したいのは、俺の方なのに!






「君は、千景の知り合いなのですか?」


「貴様には関係のないことだろう!」






そんな哀れみを交えて俺を見るな。
いつの間にか頬が濡れていて、嗚呼、泣いているんだ、とわかる。






「氷河!?」






どうした、と声をかけたカミュ。
心配そうな雰囲気の仲間たち。


けれど、今俺の中で重要なのは、そんなことじゃない。
なんとも思っていなさそうなハーデス。
殺意が湧いて、今にも喉元に飛び付きたい衝動を押さえた。






「私が、悪かったのです。千景の意志を読み取れなかったから。」






本当に悔しそうに悲しそうに目を伏せたソイツに何も言えるはずなくて。
一向に瞼が開かない千景さんを見て、泣き叫んだ。




お願いです、どうか、どうか。
もう一度、その目をあけてください。







I am projected onto your eyes
(貴女の眼に僕を映して)

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