冥の泣きピエロ

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全身が痛みで軋むなか、それと、耳に届く悲痛な叫びで、千景は意識を取り戻した。
つけていたはずのマスクがないせいか、冥界の冷風が容赦なく刺さる。






「千景さん、千景さんっ!!」






耳を塞ぎたくなるくらい悲痛な声。
誰が叫んでいるのか確認したいが、瞼を開くのがひどく億劫だった。


だが、なんとなくだが千景は声の主をわかっていた。
あの、自分と対峙した白鳥座の聖闘士だ。
あの、抵抗なしに攻撃を受けた千景に、必死に手を伸ばした少年。
千景も、よく知ってる少年。






「千景さん、頼むから、目を!!」






少年は泣き叫びながら千景の名を呼び続ける。
それを宥める彼の仲間たち。




起きなきゃ、彼を、氷河くんを安心させてあげなきゃ。




身体に力をいれ、起き上がろうとするも、ますます痛みが駆け、喉からひきつった嗚咽が漏れた。
声として成立していない声は、誰の耳に届く事なく消える。




ダメだ、こんな声ではダメだ。


痙攣を繰り返す喉に苛つきを覚えながらも無理矢理に動かした。






「っうあ、ひょが、くん……」






やっとのことで絞り出した声は、なんとも情けなさに満ちたもので。
鼓膜を震わせるかが疑わしいほどのか細さだった。
しかし少年が反応するのには充分ならしい。
力任せに仲間を振り払い、千景の冷たい手を握った。






「意識、戻っ!!」






嗚咽を繰り返しながら喜ぶ氷河を目に写し、顔をしかめながらもハッキリと確かに、千景は笑みを浮かべた。






「泣か、な、の。私は、へきだか、ら。」


「平気なわけないでしょう!」






心から私を心配してくれているんだ。
氷河の気持ちが嬉しくて、手を握り返すと、力が込められた。


だがしかし、敵同士であった彼らの現状をよく思わない者は多くて。
氷河の仲間である聖闘士を筆頭に千景に詰め寄った。
相手が怪我人なんて、関係はないのだ。






「貴様、なぜ冥闘士でありながら氷河と親しい!?何か企んでるんじゃないのか!?」






感情を昂らせながら詰め寄る蠍座、ミロ。
ゲホ、と苦し気に一回咳き込んだ千景。
感覚が戻ってきた腕を使い、自分を絞めているものを触れた。
それは、冥衣とは似ても似つかぬもので。
ヒンヤリした冷たさしかない冥衣。
触れているものは、金属であるのに、どこか温かかった。
まるでそう。






「たい、よう?」






太陽だった。
身を包み込むような安心感を持つ太陽。
それが今は、己に敵意を抱いている。




光に嫌悪されるのは、こんなにも辛い。
自覚して尚苦しくなった。






「ミロ!千景さんを放せ!」






声を荒げ、千景を解放したのはやはり氷河。
倒れ込んだ身体を支え、ミロを睨み付ける。






「氷河!なぜ庇う!?ソイツは敵……」


「貴方にとって敵だとしても、俺にとっては大事な人だ、お嬢さんと同じくらいに!」


彼の言葉に、不謹慎ながらも顔が綻ぶ。
敵同士という立場でありながら、心配してくれて、大事だとも言ってくれた。
千景にしたらもう、その言葉だけで十分すぎるのだ。


ボロリと一粒、二粒千景の目から涙が零れ落ちる。
それは支えている氷河にも落ちて、己の指に触れた液体を見て大きく目を開いた。






「千景さん、泣いてるんですか!?」






困惑の表情を浮かべ千景の涙を拭く。
その氷河の手を握り、痛々しくも笑みを浮かべてしっかりと言葉を紡いだ。






「嬉しい、んだ。君が心配して、くれるのが。」






ただ、嬉しいんだ。
己の友である冥闘士にも認識できるように、千景は笑った。







The world shines so much
(世界はこんなにも輝きを放つ)

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