冥の泣きピエロ
□5
1ページ/1ページ
「大丈夫、ですか?」
氷河に半ば強制的に手当てをしてもらっている千景に躊躇いがちに声をかけたのは、敵のボス的存在であるアテナこと、城戸沙織だった。
自分に話しかけた人物があまりにも意外だったため絶句する千景。
そんな様子に、何か悪いことをしたのだろうかと慌てを見せる沙織。
聖闘士、冥闘士共に遠目で三人の見ているが、一部は戦闘の構えを取ることはない。
やはり警戒しているようだ。
沙織の慌てっぷりがどうにも治まらないと判断した千景は、立ち上がろうとした。
「座っていてください!!」
「……はい。」
だが、すぐさま氷河の鋭い声を聞き、しぶしぶ立ち上がるのをやめる。
そして目線を沙織、いやアテナに向けた。
闘う気がなかったとはいえ、つい最近まで一般人だたとはいえ、今の千景は闘士。
敵と認識していたアテナへの視線は研ぎ澄まされたものになってしまう。
思わず肩を小さく震わせた沙織を見て、ため息を一つだけ千景ははいた。
「信じられないよねー。」
それは確かに沙織に対して呟かれた言葉だった。
耳ざとくその言葉を聞いた聖域勢の一部は射抜くような視線を千景に向ける。
「あー、怖い怖い。聖闘士さんは何でもかんでも悪くみるんだねー。」
包帯が痛々しく巻かれた肩を竦めた。
その瞬間今にも攻撃をしてきそうな黒髪の聖闘士が一人。
山羊座のシュラ。
右手を手刀の形にする。
聖剣『エクスカリバー』の構え。
それに眼を向けながら、ジワリと逃げられる体勢を整えていく千景。
一触即発の空気だった。
「いい加減にしなさい!」
張り詰めた空気を破壊した人物、それは。
「ったー!!何すんの、ルネ!?」
そう、天英星バルロンのルネだったのだ。
千景の頭を思い切りはたく。
パンと小気味良く鳴り響いた音から、かなりの威力だったことが推測できる。
腰に手を添え仁王立ちになり、威圧感を撒き散らすルネに対抗し、これでもかというくらい睨み付ける千景。
他の聖闘士や冥闘士、ましてや千景と睨みあっていた筈のシュラまでが唖然としていた。
睨みあいを続けていた二人は、あげくの果てに口論を始めた。
「大体何です、私に一言も言わずに死ぬなんて、馬鹿げてるのですか!?」
「言う言わないは個人の自由でしょ!?」
口論は、おさまるどころかますますヒートアップする。
収集がつかないと誰しもが判断したその時。
「二人ともやめてください、傷に響くでしょうが。特に千景さん?」
静かに低く地を這うような声を発した氷河。
あまりの低さに、恐怖でその場が凍りつく。
間近で耳にした千景にいたっては顔をひきつらせていた。
氷河の表情は笑顔を浮かべている。
すがすがしいほどの。
しかし逆にそれが皆の恐怖を煽っていた。
ピタリと言い争いを止めた二人を見て、また手当てを再開する。
「心配、したのですよ。」
か細く呟かれた言葉。
「ルネ……」
「まったく貴女は無茶をする。」
「それが私なんですー。」
「じゃあ、控えてください。」
然り気無く会話に参加した氷河の一言でぐうの音も出なくなる。
そこに、控えめに声をかけた人物。
「あの……」
「ん、何ですか、アテナさん。」
「貴女は、どうして闘わなかったのですか。」
いきなりそこをつくかー。
と困った笑いを浮かべる千景。
うーん、と少し悩み、口を開いた。
「だって私は人間だよ?太陽が無い世界なんてイヤだよ。それに色んな人が生きてる世界の方が楽しいじゃん。」
至極軽そうに笑う千景。
今まで争うという選択肢のみをとってきた聖闘士と冥闘士。
それは、常にそういった環境におかれてきたからだ。
まったくとは言えないが、平和に生きてきた千景。
闘わないという選択肢。
「良いのかも、しれませんね。」
そうは思いません?ハーデス。
鈴を転がすようなソプラノは、確かに冥王の耳に届く。
その言葉をじっくりと反芻したハーデス。
争い、なんと無情なるものであろう。
己は争いを繰り返す人間に絶望していたのに、己がしては意味がない。
「いい機会かもしれぬな。」
歩み寄る、いい機会かもしれない。
Disappear in hatred
(憎しみは消えろ)