冥の泣きピエロ

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『三界不可侵和平条約』。
その長ったらしい条約が聖域、冥界、そして海界の間で結ばれたのはつい最近のこと。
これまでの長い歴史の中、一度も和平を結ぶという選択肢をとらなかった三界が突然とったのは、ある冥闘士の発言からだった。


そのきっかけとなってしまった冥闘士、千景は、己がなんとなく口にしてしまった言葉の重大さに頭を抱えていた。


いっかいの闘士が口にしたことが実現するだなんていったい誰が思おう。
誰一人思うはずがない。


ああ、私ヤバいことしちゃったのかも。


髪を弄りながら机にうつ伏せた千景。
その上から唐突に声がかかった。
低いそれは男であることを十二分に表している。


千景がめんどくさそうに面をあげるとそこにあったのは、まさかの。






「ハー、デスさ、ま?」






まさかの冥王だった。
滅多にエリシオンから出てこない出不精の我らが主がいったい何用で声をかけたのか。
意外すぎて声が出なかった。


千景が驚きの表情を隠せないでいると、サラリと髪を梳いた。
ハーデスの行動に対してもまた驚いた千景に好奇の眼を向け、隣の椅子に腰かける。




忙しなく瞬きを繰り返す千景。
見ていて飽きるなんてことあり得ない。
感情を出しやすいのかそうでないのか判別のしづらい千景にしては、今回は変化を素直に出しているほうだ。


苛つくほどに真っ直ぐに自分を見つめるその眼。
似ている、天馬座に。


居心地が良くないようで良い。
不可思議な感覚がハーデスを包み込む。






「し、失礼します!!」






椅子がひっくり返りそうなくらいいきおいをつけて千景は立ち上がった。
実際ひっくり返ったが。
ガタン、と大きめに鳴った騒音はよく響く壁を反射してありとあらゆる場所まで伝った。


なんだなんだと所謂野次馬のように千景とハーデスがいる現場を覗いたのは天雄星ガルーダのアイアコス。
遠く屋外から聞こえる天獣星の叫びを聞くと、仕事中に脱走を謀ったらしい。


どうしよ。ハーデス様が気になるけど天雄星がウゼえ!!


ハーデスと対峙して冷や汗をかいているが、内心は天雄星をウザがっている。
酷いな千景。


急いで椅子を直し、立ち去ろうとした千景をハーデスはごく自然に留まらせた。
気まずさに視線をけしてハーデスに向けず座る。


微妙な雰囲気じゃね?
距離のある場所から二人の様子を覗いてるアイアコス。
なんというか、スゴく微妙な雰囲気だ。
面白そうだからもう暫くいよう!


決心したのも束の間。
アイアコスを見つけたファラオにひきずられ、その場をあとにした。


まだ居たいんだけど!
仕事を終わらせてください!ぶっちゃけ私も居たいです!
あっけなく一掃された。自己主張も忘れずに。




気まずさが今度は千景のみではなく、空間を侵食する。
身体に纏わりつくような感覚に不快感を覚え、顔をしかめてしまう。






「体調が悪いのか?」






千景を気遣うようなハーデスの態度に、ますます落胆した。
貴方に心配されちゃ、意味ないんですけど。
言えたらどんなに良いかな!?


やば、泣きそう。
あはは私もうダメだ。
脳内で知らない老夫婦が手を振っていた。
嫌です、私、こんにちはなんて死んでもしたくない!
……死んだら拒んでも無駄だろう。




人に心配されることを特には嫌っていない千景。
だがそれは対等の立場にいるものから注がれるのが絶対的な条件であり、上の立場、ましてや自分が従う主だなんて。
従者の面目丸潰れもいいところじゃないか。


大丈夫ですよ。
ひきつりながらも顔に笑みを張り付けると、ハーデスの纏っている空気が僅かに変化した。




クラウン。
それはサーカスなどによくいる道化師、ピエロの別名だ。
観客の様子を常に窺う。
エンターテイナーであるピエロも同じだ。
それがあるからか、千景は実際ピエロでもなんでもないが守護星がクラウンの為に周りの変化に敏感だった。


今もそうだ。
ハーデスの変化を感じとり、わからないように眉根を寄せた。


柔らかくこの場を包み込むこれは、冥王の放出するものなのか!?
ありえなくね!?




うんうんと唸り続ける千景に微笑を浮かべた。






「クラウンのお陰で、余は考えを改めることが出来た。そして、長きに渡り変わることのなかった余等の関係を変化させた。礼を言う。」






頭を下げたハーデスに対し千景が思ったのはただ一つ。


パンドラ様、此処に来ないでください。






It effects an alteration and it is my attendant
(変化をもたらし我が従者)

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