冥の泣きピエロ

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「聖域に、行く……!?」






今しがたパンドラから千景が言われた、否命令されたことは、到底受け入れがたかった。
それもそのはず、つい最近まで敵であった聖闘士の本拠地に向かえ。
命令の大まかな内容である。


たとえ界間に条約を結んだからといって、長年の溝は埋まるわけがない。
現在の状態で聖域に千景がいくのはかなり無謀だと言えよう。


千景はパンドラの威圧感に圧されながらも懸命に、かなり懸命に拒否をした。
しかし、腐ってもお嬢様。
訴えは虚しく砕け散る。






「……クラウン。余の為の思って行ってはくれぬか?」






主人に言われてしまえば終わりだ。
ガシャリと冥衣を鳴らし肩を軽く落とした。






「天哀星クラウンの千景。その命、お受けいたしました。」






深くお辞儀をして部屋を出る千景。
長く装飾が施されている廊下を歩き、少し部屋から距離を取った。




やってられねえ。
声を極力殺して呟いた。
だいたいなんだろう、あのお二方の無茶ぶりは。
行かせるなら三巨頭の誰かにすれば良いものを。
よりにもよっていっかいの冥闘士でしかない自分が選ばれるなんて己の悲運を呪うしかない。


イヤだなあ。
もう一度言葉を発した。


刹那、首筋を走る悪寒に勢いよく後ろを振り向いた。
たが、何もないし誰もいない。


気のせいだったのだろうか。
完全には消えないわだかまりを抱えつつも、己の持ち場に千景は戻った。




千景の姿が完全に消えてから変化は起こった。
柱の陰から出てきたのは、長く艶のある銀髪。
前髪に隠れてあまり見えていない眼は、愉快げに歪んでいる。






「これは面白そうなことがありそうですねえ。」






くつくつと喉の奥で笑いを噛み締めると、持ち場とは逆の方向へ歩き出した。
その耳に、部下の嘆きが確かに届いたが、彼にしたら優先順位は快楽だ。


口の端を歪め、天貴星グリフォンのミーノスは闇に消えた。









ようやくキリの良い数、死者を裁いたところで、ルネは休憩をとっていた。
本来なら、上司であるミーノスがこの仕事を行うべきであるが、あの人の性分上それはないと深く理解していた。
しかし、少しくらい職務を全うしてくれてもいいのではないだろうか。
このままでは、いつか自分が疲労で倒れてしまう。
あの人は自覚しているのだろうか。
……していないわけがない。
あれほど頭がキレる人だ。
わかっていてこんなムゴイ仕打ちをするのだ。




ハァと痛んだ眉間を押さえ、ため息をこぼした。


直後、重々しい荘厳な扉が勢いよく開かれた。
開けた張本人は走りながらルネに近寄る。
いったい何事かとルネが裁判者の席から立ち上がったと同時に身体に加わる衝撃。
お互いに冥衣を纏っているため、かなり苦しい。






「千景っ!苦しいのですが!?」






ルネの必死の訴えにしぶしぶ離れた千景。
その表情には、不満の色が濃く刻まれている。
自分のよりも幾分か低い位置にある顔を覗き込んだ。


どうしたのかとルネが尋ねると、またもやくっつく。


千景は適度なスキンシップをする方であるが、ここまで明らか様な態度は珍しい。
僅かに目を丸くして驚きを見せる。






「ハーデス様もパンドラ様も、横暴だ。」






ポツリ、か細く呟かれた言葉は、確実に主への文句。
諌めるべきだろう。
だが、出来なかった。


上司に対して文句を吐くのはルネ自信も同じだ。
三巨頭直属の部下ではない千景は職場を転々と移動している。
それでもハーデスに呼び出されることは多々あり、何かと被害を受けてる様子をよく目にした。


誰が千景を諌められようか。




一向に離れる気配を微塵も感じさせない千景の髪を梳いた。






「今回は何を言われたのですか?」


「……聖域行けって、さ。」






頬を膨らませながら眉間を寄せる千景。


頭が痛い。
いつにもまして我らが主は気紛れだ。
一番に被害を受けているであろう目の前の少女に同情を隠せなかった。







I feel pity and offer it
(哀れみ、手向ける)

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