冥の泣きピエロ

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雑兵、ダグラットとよい雰囲気で別れた。
までは良かったものの、すぐさま視界に飛び込んできた長く続く階段と、等間隔で点在する十二宮に、吐き気すら覚えた。
永遠に続くのでは?と思わせる階段を登るのは、今の千景にしたら、死刑宣告と等しい。


ああもう、これじゃあダメだ。
頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまった。
さっきダグラットに登りきる、と宣言したばかりで今の有り様。
有言不実行といったところか。


バカにされるのかな。
ふと頭をよぎる考え。
勢いよく横にかぶりを振って霧散させた。


大丈夫、頑張れって言ってくれた。
たった一言の言葉を思い返し反芻する。
そんな些細なことでも、今の千景には十分に気力となった。




一歩、もう一歩、と確実に歩みを進めていく。
例えどんなに遅くとも着実に進んでるのには変わりはない。
自分のペースで進もう。
決心をし、最初の宮、白羊宮へと向かっていった。









「まずは、ここっと。」






今千景の視界にあるのは白羊宮。
思いの外そう時間はかからなかった。
これも冥闘士として多少なりとも鍛錬をしたからなのか。


そういえば、ルネは止めていたっけ。
千景が鍛錬をしようとすると、必ずルネが止めに来る。
その必死の形相は見る者全てを震え上がらせるほど。
仕方なく言うことを聞くときもあれば断固として譲らない時もあった。
でなければ、冥闘士としてやっていけない。
千景はいつもそう考えている。


考えに没頭していた千景に、頭上から声がかかる。
顔をあげると、そこには個性的な眉をした背の高い男とこれまた男と同じ眉をした子供がいた。


この人が白羊宮の守護者、牡羊座のムウ、か。
確かニオベさんに勝った人だ。
随分と前に耳にしたことを記憶を手繰り寄せ思い出す。
こんな華奢な美丈夫が聖闘士、その上頂点に位置する黄金聖闘士だなんて。
信じられないし勿体無い。
綺麗な顔立ちをしているから、さぞかしモテることだろう。






「貴女が冥界からの使者ですか?」


「そ、そうです!」






ジロリと品定めをされるように全身を見られ、身体が硬直する。
気分がよくない、むしろ悪い。






「ムウさまー。ホントにこの人が冥界からの使者なのー?」






オイラ信じられないよ。
悪気はなかったのだろう。
少年、貴鬼の素朴な疑問。
ただそれだけだったのだろう。
だが幼い子の純粋な質問は、時に人の心を急角度で抉るものだ。
千景も例外ではなく抉られた。
ゲームでいう会心の一撃、急所に当たった!だ。


素質あるじゃないか。
苦笑いを零しながら倒れてしまいたいのを必死に隠し立ちとどまる。






「貴鬼、彼女に失礼ですよ。」


「うう、お姉ちゃんゴメンね?」






ムウの陰に隠れながら首を傾げ謝ってくる小さな子を、いったい誰が責められようか。
千景はしゃがみ、貴鬼と目線を合わせ、髪を撫でた。
フンワリとした髪質がとても気持ち良い。


怒ってないのかと尋ねる貴鬼にまさかと答えると、貴鬼は勢いよく千景に抱きついた。
あまりに急だったので思わず後ろによろめいたがなんとか踏み留まり成功。


役得だなあ。
内心ニヤニヤと笑みをこぼしながら千景は貴鬼を離した。






「貴鬼!すいません、弟子が突然……」


「構いませんって!」






かなり得しました、と言ってしまいそうな心を押さえつけ、ムウに向き合う。
背の違いがあるからか首が痛い気がする。






「申し訳ありませんでした。三巨頭の内一人が来るものと思っていたもので。」






困ったように顔を歪ませるムウ。
その表情が思わず可笑しくて、笑いを溢してしまった。


訝った表情を表したムウに千景はすいません、と一言謝った。






「やっぱりおかしいですよね、一端の冥闘士が行くなんて。でも知らせ届いていませんでしたか?」


「ちょうど私は見ていなかったもので。」


「なるほど。」






会話を続ける二人の間に、貴鬼が入り込んだ。
千景の足を押し、ムウから遠ざけようとする。
なんだか泣きそうな顔をしている貴鬼。


理由を尋ねると、なんとも笑いが込み上げてくる返答を二人に返した。






「オイラだってお姉ちゃんとお話ししたいのに……」






仕事のこと、と諭しても聞かないだろう。
未来の牡羊座は、一人前に焼きもちを焼いた。
千景が可愛い可愛いと言いながら頭を撫でたのは言うまでもない。







Odd-man-out, refusal!
(仲間外れ、拒否!)

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