冥の泣きピエロ

□11
1ページ/1ページ




第二の宮、金牛宮にたどり着いた千景は、たいそう困り果てていた。
威圧感をおもむろに放ちながら、まるで壁のごとく立ち塞がるアルデバラン。
仁王立ちをしているので、威圧感倍増。
機嫌が悪いのか、しかめ面をしているので恐怖すら煽る。


ゴードンさんより確実に怖いんですけど。
冷や汗を流しながらアルデバランを見据える。


お互いに視線が交わる。
今のタイミングで逸らしてしまったら、いったい自分はどうなってしまうのだろう。
考えただけで身震いが起こる。




アルデバランって、ニオベさんと闘った人だったっけ。
ふと、突然頭に浮かんだこと。
ニオベには敗北してしまったが、聖闘士の頂点を担う人だ。
自分なんかが敵うはずもない。
下っ端冥闘士なんかが。


しかし、ここで立ち止まっている時間はない。
意を決し、千景はアルデバランに話しかけた。






「あ、あの、通らせてはいただけないでしょうか?」


「…………」


「……もしもし?」






千景の声に、身動きひとつとらず、応答すらないアルデバラン。
何度呼び掛けても反応が返ってくることはない。
最初は脳内にハテナマークを浮かべていた千景だったが、いつしかそれは、僅かな怒りへと変化していた。




無視か、無視なのか!
敵同士だっからといって、まだわだかまりがあるからといって、無視はヒドイ!
こちとら仲違いしに来たんじゃないんです!
無理矢理任されたお仕事しに来たんです!!




通してください!
ついに大声を上げようと口を開いた千景。
けれど実際に声は発せられなかった。
ジロリと睨まれたからだ。
視線の鋭さに思わず喉がひきつる。


つ、とこめかみから一筋、汗が伝った。






「お前が使者なのか?」


「ヒッ!?……あ、そうですけど。」






ヒッ!などという失礼な声をあげてしまったことに落胆しつつ、言葉を返す千景。
その様子を見て、アルデバランは豪快に笑った。
驚いて固まる千景の髪を、これまた豪快に撫でる。
ぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で直しながら不思議そうな顔をして、己よりかなり上に位置する顔を見つめた。






「いや、悪かった。三巨頭が来るとばかり思っていたからな。」






書類が本当だったとはな!
大きく口を開け、清々しく笑うアルデバランに、千景は苦笑いをするほかなかった。
予想していたとはいえ、まさかまたも同じようなことを言われるとは。






「よし、通っていいぞ。」


「良いんですか?」


「行かなければならないだろう?」






満面の笑みを浮かべながら言うアルデバランに、自然と千景もつられて笑みをこぼした。









金牛宮を通り抜けるとき、千景は気になることをアルデバランに言われた。
他の黄金聖闘士には十分に注意しろ、と。
聞いたときこそ、当たり前では?と思ったが今は心底その意味が理解できた。




第三の宮、双児宮には、待ち構えていた聖闘士の姿は確認できなかった。
だから、完全に安心をしてしまったのだろう。
周りを警戒することなく、宮の中に足を踏み入れた。


その瞬間、まるで射殺すかのようだ。
あまりの殺気に、身体が硬直する。


気を集中させ、辺りに気配がないかを確かめる。
が、人はおろか生物がいる空気はまったくして皆無。
この刺々しい殺気はどこから発せられているのか。


殺気と共に放出されている小宇宙を微弱ながらも感知した千景。
ゆっくりと慎重に辿っていくと、先にはただの壁。






「……ないだろ、それは。」






まさか壁と融合してるとでも?
ハッ!ちゃんちゃらおかしいや。
出来てたら私がとっくにしてるっての。
用途は不明だけれど。









「双子座の聖闘士は幻覚など、人間の心に直接効果をもたらす技を使います。十分に注意するんですよ。」






今さらになってルネの言葉を思い出す。
双子座、最悪だな!オイ!
人の弱み握って悪どいことするんだ!


はた、と千景は壁を凝視した。
幻覚を見せる。
ならば今千景の視界に広がる全てがまやかしであるかもしれない。
極めつけには、壁の奥から感じ取れる小宇宙。


あり得ない。
己が頭の中で組み立てた仮説を否定しながらも、壁に指を伸ばす。


無機質な石の感触しかしないそれに向かって、拳を思い切り叩きつけた。




ごめんなさい、双子座の聖闘士の人!!






I destroy an obstacle
(障害を破壊する)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ