冥の泣きピエロ

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新鮮かつ清んだ空気を、ルネは肺一杯に吸い込む。
長く地上にでていなかったためか、太陽の光がやけに強く感じられる。


生命溢れる世界に戻ると、否応なしに自覚をしてしまう。
己はどう足掻こうとも、人間だと。


そして思い出させる。
己や彼女は、本来この世界で生きていたことを。
改めて自覚をすると、死の気配が充満する地下の世界にまた戻るのが酷く億劫だ。
ルネは一度かぶりを振った。
今さら抵抗をしても無駄だと身に染みて理解している。
第一殊更責任感が強いルネは、己の役目を放棄するなど、考えられなかった。
……実際は上司であるミーノスの仕事だが。




身体を包み込んでいたバルロンの冥衣に微弱な小宇宙を送り、冥界へと帰還させた。
纏ったままでは敵意がルネの中に存在するとみなされ、会話をする余裕さえ与えてくれないとわかっていたからだ。


バルロンが在るべき処へ鎮座したのを感知すると、聖域の方角へと足を進めた。
いったい千景はどの辺りまで辿り着いただろうか。
見当もつかないが、とにもかくにも行かなければわからない。


長い銀髪を翻しながら、森の奥へ姿をくらませた。




聖域に一度たりとも足を踏み入れたことのないルネであったが、溢れかえるような小宇宙を辿れば、見つけるのはそう難しくはなかった。
たとえ結界を張っていたとしても、だ。
この世に完璧は存在しない。
完全に存在を隠蔽するなんて、可能ではない。


あるのだとしたら、争いなど起こさなくてすんだだろう。
神を冒涜しているように聞こえるが、この考えは、ルネという一人の人間としての思いだった。




結界に手を触れると、ビリとした弱い電流がルネの中を駆け巡った。
痛みは感じない程度なので気にするほどでもなかろう。


やすやすと結界を潜り抜ける。
目に広がった光景は、衝撃的だった。
一人の少年が、ルネを待っていたのだ。
実際には、偶然ルネの視界に入っただけかもしれない。
しかしルネは直感で感じ取った。
目の前の少年は、自分を待っていた、と。




亜麻色の髪を揺らしながら距離を縮める少年に、思わず後退りをしてしまう。
仕方のないことだ。
少年、瞬と、ルネは聖戦時に裁きの館で対峙したのだから。
闘う気は全くして持っていなかったが、反射的に警戒をする。
瞬はルネの態度に不服を持つことなく、柔らかそうな笑みを浮かべた。






「ルネさんだよね。」






こんにちは!
屈託のない笑顔を向けられ、拍子抜け。
呆けてただ瞬を見つめるもすぐに正気を取り戻す。






「貴方はハーデス様の器だったアンドロメダですね。」


「うん、そうだよ。覚えててくれたんだ。」






覚えてるもなにもないだろう。
声を発しようとし、ルネは口をつぐんだ。
瞬の表情に一抹の翳りが表れたからだ。
理由は、器のことだろう。
あまりに不躾な発言を恥じた。


誰が好きこのんで他人の器になるのを喜ぶ?
嫌に決まっている。
現にルネだってあり得ないが、言われたら、これでもか!というくらい拒否をするのだ。
彼だって例外ではないはず。






「申し訳ありません、失礼を詫びます。」






ゆったりした動作で頭を下げると突如慌てるアンドロメダ。
それほど驚かれるなんて、自分はどれほど冷徹に見えるのか。




面をあげると、困ったように笑う顔がルネの視界に映る。






「頭下げないでくださいよ、こっちが気にしちゃいます。」






彼も千景と同様、対等を望んでいるのだ。
またしてもルネの勘であった。
あながち外れてはいない。


ふと今度はルネが笑みを浮かべる番だった。
やはり、いがみ合いよりは、解り合う方が断然いい。




千景を一心に慕っている金髪の少年とも、解り合えるだろうか。
彼は、愚直なまでに千景に対して真っ直ぐだ。
きっと、友と呼べる間柄になってみせよう。
それが彼女の望み、私の望み。






「千景の元へ案内をしてくれますか?」


「!……もちろんだよ!こっち!」






己の手を引き、走り出した少年の後を引き摺られるように追いかける。


やはり、良い。
争いは、無意味だったんだ。
綺麗事ではあるが、今、わけもなくそう思った。




千景は、私の変化を喜んでくれるのでしょうか。
この空間のどこかにいる友へ、問いかけた。







This is one step of the reconciliation again, too
(これもまた、和解の一歩)

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