冥の泣きピエロ

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千景が双児宮の壁の一部を砕いた瞬間、目を開けていられぬほどの光が宮全体を包んだ。
瞼を下げ、光を遮断する。
あまりに強い輝きは、目を焼き尽くす勢いで放出される。
間近でみる、太陽のようだ。




光が徐々に強さを落としながら消えていくのを察知すると、ゆるりと千景は瞼を上げた。


視界には壁などない。
破壊された後に残るべき瓦礫の一片すら。


やはり今までのは幻覚の類いだったのだろう。
しかしそこまで考えて、千景ははたと悩んだ。


幻覚を見せるなら、もっと効果的なものにしないのかな?
例えば、というか聞いた話だけど迷路みたいにするとか。
……ナイスアイディアじゃね、これ。




だが千景は知らなかった。
宮の主は双児宮を異次元で歪められた迷路にしていたのだ。
宮主は、千景が奥に進むと考えていたため、入口付近で立ち止まった千景は気づきもしない。


予想が外れたか。
未だ己の思考に浸かりきっている千景を遠目で見つつ、宮主、カノンは一人思った。
不躾に宮を突破するものと思っていたためか拍子抜けだ。




カノン含め聖闘士は、冥闘士が常識を持ちえているとは露ほどにも思っていなかった。
だが目の前の少女はどうだ?
人の宮を勝手に横切らず入口付近で止まったではないか。


他の奴らよりは礼儀を弁えているのか。
カノンは無意識に感心を示した。
警戒をとくことはないが。


辺りを見回し続ける千景の背後に小宇宙を覚られぬよう限界まで微弱にしつつ近付く。
ここまで近付いて気づかないなんて、闘士としてはどうなんだ。


聖衣を完全に纏っているカノンと違い、千景は冥衣を纏っていなかった。
敵意がないと少しでも聖域の人間たちに分かってもらおうという心掛けからなのか。


自分からすれば細すぎる肩を見つつ、カノンは思った。
甘いな、と。
彼女は戦士として自覚が欠けているのではないか。




だってほら。






「うあっ!?」






こんなにも非力だ。
カノンが千景の肩を掴み床に押しつけると、一度大きな声を上げた。
押された状態で首のみを動かすと、金色の鎧が視界に映ったことで、ああ信じてもらえない、と千景は思った。


ミシリと肩の辺りが軋み、悲鳴をあげる。
想像以上の痛みだった。
声をあげたかった。


するもんか。
弱いだなんて思われたくない。
これだから冥闘士はと罵られたくない。
仲間を侮辱されたくない!




ギリ、と奥歯を噛み締めると、仄かに鉄の香りがした。
頬の裏側を間違えて噛んでしまったようだ。


千景は、せめてもの抵抗と、首を僅かに動かし、カノンを睨み付ける。
本当は、関係にまたも亀裂が生じるのでしたくはなかったが、悠長なことは言ってられない。


涙を堪えていた千景の目尻に水の玉が浮かぶ。
痛みに耐えられなかったからか。


カノンが気づかないはずもなく、意地悪く口の端を持ち上げた。
視界の隅にそれを焼き付けた千景は、その端正な顔を殴りたい衝動に、強くかられる。






「やけに挑戦的な目だな。」






ただの腑抜けではないらしい。
肩にかかっている力を緩めると、咄嗟に起き上がり距離をとる千景。
着ている服の上から痛む箇所を押さえながら息を整える。


己を睨み付けることを忘れず、警戒を解かぬままの千景に、またも唇の端がつり上がった。


冥王は面白い奴を使者として送り込んだな。
圧倒的不利なこの状況で、千景の目は、死んでいない。
諦めの悪さは青銅のガキ以上だな。
そういえばコイツは、カミュの弟子と知り合いだったな。
どうなるか、見物といったところか。






「せいぜい頑張るんだな。」


「ハ!?意味がわからないんですけど!!」






カノンの言葉に声を荒げた千景。
その様子に、喉の奥で笑いをこぼすと、カノンは姿を消した。


実際は消えたのではなく、僅かに時空の歪みを造りだし、その一瞬で歪みに飛び込んだのだ。
時空というものに対しての理解が深いカノンには造作もないこと。
しかしそれを知らない千景は、目の前で起きた現象に、ただただ呆然と立ち尽くす他なかった。







However, inconsolable remained
(ただやるせなさが残った)

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