明日の奇跡

□Act:3
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今から約10年ほど前。
世界――といっても魔法界だが――は暗黒の時代と呼んでも過言ではない、最低最悪の世だった。


ある一人の強大な力を持つ邪悪の化身ともいうべき魔法使いと、その配下たちに支配される腐敗しきった世の中。
拷問など当たり前。
挙句の果てには殺人までが日常茶飯事となってしまった時代があった。


だれもが恐怖で身体を凍らせ、いつ己の身に降りかかるかもわからない恐ろしさに身を竦ませる。




対抗する勢力が無かったわけではない。
勇敢な魔法使い、魔女が、ある偉大な魔法使いを筆頭に抵抗を続けていた。
しかし、お互いに犠牲者は続出するばかり。
対抗勢力の主力ともいえたある夫婦は邪悪な魔法使い――ヴォルデモートの最も忠実と言える部下の拷問によって廃人となってしまった。


時は変わり、ある時。
ある夫婦が姿を消すように人目から離れた土地に引っ越した。
ヴォルデモート卿に、まだ幼い一歳ばかりの一人息子が狙われたからだ。
その夫婦の居場所を知っているのは、ごく僅か、それも夫婦が信頼するにあたると信じた人間のみだった。


その中に、鷸と沙良の二人はいた。
彼らは既に子を二人もうけており、鷸の母親に預けていた。
男の子と女の子の双子だった。


友人に囲まれながら一時の平穏を夫婦は心の底から満喫していた。



しかし、その幸せは長くは続かない。


闇の帝王ヴォルデモートが夫婦の居場所を突き止めたのだ。
鷸と沙良、そしてポッター夫妻は考えたくも無い結論にたどり着く。
気づかざるをえなかった。









裏切り者がいたのだと。




ヴォルデモート卿がポッター夫婦の家の傍までいたとき、偶然か鷸夫妻もその場にいた。
戦力は多いに越したことは無いと判断した鷸夫妻は狙われている幼子を連れ、二階へ避難しろとリリー・ポッターに告げた。
刹那躊躇いを見せたリリーは、子どもを守ることが先決と考え二階に上がる。


リリーの足音が消えた途端、吹き飛ぶドア。
闇の帝王がついに侵入を果たしたのだ。


ジェームズ、鷸、沙良は魔法の腕は上のほうだ。
しかし、帝王の前では無に等しい。
帝王の力は桁が違う。


三人は無惨にも、抵抗と呼べるものを出来ぬまま生き絶えた。
最初に命を落としたのはジェームズだった。
武装解除をするも、紙一重でかわされた。
何度もヴォルデモートを狙い、呪文を打つも、虚しく宙をかけるだけ。


ヴォルデモート卿の呪文が杖から噴射され、ジェームズの左胸に直撃をした。
ジェームズは一瞬目を大きく見開き、口を動かして、倒れた。


沙良は大きな悲鳴をあげ、ヴォルデモート卿に向かおうとした。
それを鷸が止める。
ヴォルデモート卿の次の相手は鷸だった。


鷸は自分に向けて発射した死の呪文を掻い潜り、己も呪文を打つ。
その後ろで、何かが倒れる音がした。
沙良だ。


鷸がかわした死の呪文が運悪くも当たったのだ。
沙良が倒れたことで我を失った鷸は声を荒げ、帝王めがけて呪いを打った。
己に向かってくる呪いを見据え、高らかに笑うヴォルデモート卿。
帝王の杖先は、確実に鷸の心臓を狙っていた。


噴射された緑に彩られた光線が容赦なく鷸を貫いた。
外傷は、ない。
命も、ない。


床に横たわる三人の身体を一瞥することなく階段へと向かう。
一段ずつ慎重に登っていく様はまるで処刑台へと行くかのようだ。
実際に死を宣告されているのは、二階にいる母と息子。




ヴォルデモートはあるドアの前で立ち止まった。
この部屋の中にいるとわかったからだ。
愚かなことよ。
不気味な笑みを残忍に浮かべて、ドアを破った。
悲鳴が小さく上がる。
リリーの声だ。
リリーはヴォルデモートの姿を目に映すと、どうか息子だけは、と懇願をする。
だが無駄だった。
帝王の標的は初めから息子でしかない。


冷酷に杖を振り下ろせば身動きひとつとらなくなったリリーを満足そうに見やり、何も理解していない赤ん坊へと、ヴォルデモート卿は杖を向けた。




彼にとって、危険分子は真っ先に排除すべき。
死の呪文を杖にのせ、赤ん坊へと解き放った。




死が赤ん坊、ハリー・ポッターに訪れることはなかった。
代わりに、この世から、ヴォルデモート卿が姿を消した。


たった一夜で四人の人間が息を引き取った。




奇しくも今夜は、ハロウィンだった。




鷸の母親であるトキの耳に大まかなことが伝えられたのは、夜が明けてからだった。
息子夫婦の残した形見の双子は何一つ知らずに、眠っていた。










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