冥の泣きピエロ

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冷たい眼で冥闘士の二人を睨むのは、双子座のサガ。
一抹の情すら見えないその瞳が何を思うのか、その場の誰にも理解はできない。


一歩、確実に千景とルネに近づいてくる靴音はまるで無情の、死刑宣告の秒読みに聞こえるのは、気のせいではないだろう。
千景を抱きしめながらサガに小宇宙をぶつけるルネに一瞥をくれる。


その様子を薄く開いた眼で見やるのは千景。




どうして、こうなっちゃうのかな?


ルネは悪くない。
いけないのは、私なの。




震える腕でルネを押して、よろけながら立ち上がった千景。
驚愕に眼を見開くルネに一度微笑みかけると、サガと対峙する。


周りで聞こえるはずの木々のざわめきが、聞こえない。
無音の中、千景とサガは対峙している。






「これからどうなるか、わかっているようだな。」


「…………」






サガの問いに無言で千景は答える。
無言は、肯定。
言葉を聴いた瞬間、弾かれるように千景とサガの間に割り込むルネ。
連れて行かせるものか、眼が語っている。
後ろにいる千景の手をきつくきつく握るバルロン。


その、自分を労わってくれる優しさが、今は痛い。
千景はヒシと感じた。


やんわりと手を解き、サガに歩み寄る。
自分から罰せられにいく姿を見て、驚きを見せたのは、ルネだけではなかった。
瞬も、デスマスクすら、動揺している。


元の原因は自分が冥闘士の少女をからかったことにある。
非は少女ではなく、俺にあるはずだ。
サガの出す威圧感は、いるだけで身体が竦んでしまう。
しかし、今の状況を変化させられるのは、己だけなのだ。






「なあ、サガ。その嬢ちゃんに非はねえ、俺の悪ふざけが過ぎただけだ。」


「過程が問題なのではない、結果だ。」






そう、重要なのは結果なのだ。
反論できずに口を噤ませるデスマスク。


諦めたように瞬きをした千景は、サガに手を引かれ、姿を消した。
どうなるのか、わからない。
少なくとも、ただではすまないだろう。
不可侵の約束を破ってしまったのだから。


顔を俯かせ、下を向き、唇を噛むルネ。
守れなかった、千景を守れなかった。
手を、離してしまった。


喪失感が心を苛む。






「聖闘士様方?」






突如した声。
それは一人の雑兵のものだった。
確か、雑兵長だったな、デスマスクの記憶の中ではそう認識されている。


かなり年配の姿。
しかし、衰えなど微塵も感じさせない姿勢。


雑兵は三人をみて、首を捻った。






「あの少女はもう先へ?」






あの少女。
きっとではなく確実に千景のことをさしている。


ルネは雑兵、ダグラットに近づいた。






「千景の、こと……」


「あの冥闘士の少女だろう?とても礼儀の正しい。」






千景だ。
日本人だからなのかもしれないけれど、冥界で郡を抜いて丁寧だった。
一番年少ということも重なってか、初めて話したときの敬語は印象的で。
それが抜けたときは嬉しかったのをよく覚えている。




けれど、もういない。
もう、この手の中に、いない。
諦めたくはけしてないのに、そうするしかないと、誰かが囁く。






「諦めるのは、早いですよ。」


「ミーノス、様?」






ルネの上司、天貴星グリフォンのミーノスが、長い髪を揺らし、悠然と立っていた。
顎に手を添え、前髪の隙間から見える目と口は両方とも弧を描く。


冥衣ではなくスーツを纏っているのは彼なりの意思表明なのかもしれない。
艶やかな髪を靡かせながら、見事な笑みを浮かべる。
何にも悟らせない表情は、どこであっても健在なようだ。






「そう易々と彼の思い通りにはさせません。」


「どういう意味ですか?それに何故ミーノス様が……」


「彼女が使者になったのを聞きましてね、好奇心で付いていったら、ですよ。」






来て正解でした。
肩を竦め笑う。


この方なら、どうにかしてくれるかもしれない。
居所の不明な安堵感がルネの中に湧き出る。


ミーノスはルネの肩を一度叩くと、聖域関係者三人をニタリと見る。
この顔は、ヤバい。






「貴方がたにも助力願いますよ。」






既にお願いじゃねえだろうが。
文句をたれつつも、原因は己なわけで。
被害にあった千景があまりにも不憫で。
サガがあまりにも横暴だったから。




今回は協力してやるよ。
煙草を取り出した蟹座を目に写し、グリフォンは満足そうな笑みを、それは鮮やかに浮かべた。







To regain her
(彼女を取り戻すために)

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