冥の泣きピエロ

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コツリコツリ。
無機質な音が二つ、石段を登っていく。
サガと千景は感情の起伏が無いまま、淡々と登り詰める。
縛られているわけではないのに、どうしてなのか、千景は抵抗ができないでいる。
サガが全身から放出する威圧のせいか、はたまた己の弱さからか。
今はまだ、わからない。


聖闘士の中でも随一の強さを誇るサガだ。
抗ったところでなんになろうか。


その絶対的な力の差も、理由として組み込まれているだろう。
聖戦も、何もできなかった非力さを呪ったが、今この時ほど恨めしく思ったことは千景はなかった。


力が、ただの暴力じゃない力が私にあれば、ルネたちに迷惑をかけずにすんだ。
私が蟹座の聖闘士への怒りを押さえられていれば、こんなことにはならなかったのに。


考え事に意識をとられると、足を動かすのが疎かになる。
千景の歩くスピードもはじめに比べ、遅い。


気づいているのかいないのか。
咎めようとは、双子座兄はしなかった。
彼ほどの者だ。
気づかないはずがない。
注意をせずに、スピードを少女に僅かずつ揃えているのは、最後の情けか。


千景も双子座の変化を感じ取った。
どうせなら、思いっきりキツク当たってほしい。
そのほうが処分を言い渡された時に、清々しく憎みをぶつけられるのだから。






「着いたぞ。」






自分に向けられた発言に顔を上げた。
十二宮より大きな古代様式建造物。
長く深い人の歴史のなかで、古代にこれほどまで精巧な造りが可能なんて、実際目にしなければ一片たりとも思わないだろう。


教皇宮に未だ圧倒されている千景を横目に、サガは躊躇いもなく扉を押し開き、中へ入る。
おいてかれまいと必死に足のリーチをカバーし奮闘する千景はまるで、落ち着きのない小動物。


何が千景の身に起こるかなど、誰にもわかるよしはない。




教皇宮の中にいたのは、鋭い目を千景に向ける男だった。
牡羊座の師弟と同じ眉をしている。
親戚か何かなのかな?


薄ボンヤリとした曖昧な思考は、考える能力が欠如しているように伺える。
あくまで伺えるだけだが。




殺されちゃうのかな。
その考えは、鮮明かつ明確に、千景の脳内に居座りつく。
まだ成人も迎えていないのに、この世から離れるなんて、無情か。


流れに身を任せようと瞼をやんわり伏せた。
途端に零れ落ちるのは、まさしく涙と呼べるべきモノ。




嗚呼私、怖いんだ。
死ぬのが。
ハッキリ輪郭の伴う思い。


死にたくない、死にたくない。
でも、抵抗できない。




はは、と空笑いを漏らして、目の辺りを力に任せて擦った。
真っ直ぐ、威圧感に負けないように、教皇を見つめる。
若々しい外見であるも、実年齢が3桁の教皇の目は、千景を捕らえて離さない。






「理由はわかっておるか?」


「……ハイ。」






躊躇いもせずに返事をしたクラウンの少女を驚愕が入り交じった目で見た。




なんと申すか。
この娘の強情なことよ。
先刻同様涙を流し、許しを乞えばいいものを。
受け入れると、そう申すか。




身体は震えているが、表情には抱いている恐怖をおくびにも出さないその強情さ。
戦士として育てられていずとも、心意気は立派な闘士。
どんな者にも弱いところは見せたくない、というただの千景の思いが表れただけなのだが。




背後から感じる射抜く視線。
秘められた心情は、虚無か、はたまた同情か。


どちらにしろ、千景が助かるためには必要の無いことだ。






「殺すんなら、手っ取り早くしてください。」


「ほう?貴様は死にたいと申すのか、冥闘士の少女よ。」






誰がいつ殺されたいって言った?
誰が誰が誰が!?


見下すように己を視界に写す教皇が憎くてたまらない。
その顔を一度殴り、自分の感情全てをぶつけたくてたまらない。


しかし実行に移さずにいるのは、冥界や聖域で自分を気にかけてくれた人たちに迷惑をかけないため。
もうかけてしまってるが。






「ご自由に解釈すれば?」






千景の言葉が合図だったかのように、教皇は光速ともいえるスピードで千景の首に手をかける。
これで本当に終わりか。


教皇の顔を見据えると、とても哀れみに溢れた表情。
なぜ、そんな。


思考能力が曖昧になった千景。
ついに終わりを覚悟した。
しかしそれは阻まれる。






「決断を下すのは少々早いですよ。」






閉じられたはずの扉から現れたのは、ミーノス、瞬、デスマスク、ダグラットそして。






「ルネ……?」







Reliable reinforcements
(頼もしき援軍)

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