冥の泣きピエロ

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教皇宮にある円卓の間。
特別且つ重要な場合のみ使用されることを許されたその部屋に、聖域の主要人物と、冥界の主要人物とが集まった。


突然呼び出された者たちは困惑するばかり。
ましてやこの部屋を使うなんて、どれほど一刻を争うことなのか。
自然と空気が張り詰める。


まるで今にも千切れてしまいそうな細く脆い糸が張られているような。




聖域の代表は教皇、並びに黄金聖闘士、青銅の5人だ。
その内過半数以上は理由を知らされてはいない。


しかしその中で一人、浮かなく俯き続ける者がいたのは教皇のみが気づいた事実。
否、サガ、そしてシャカも気づいているはずだ。
他の黄金聖闘士よりも聡い感覚を持っている二人なのだから。




対して冥界側は、冥王たるハーデス。
その姉であり、誰よりも早く冥界で千景接触したパンドラ。
三巨頭にルネ。


状況を把握できているのはその内三人。






「いったい俺たちはなんのために集められた?」






鋭く殺気をハーデスにぶつけるシュラ。
確執はやはり、簡単にはほどけない。


神に対して非礼であろう態度に、ハーデスは気にすることはない。
現在重要なのは、更に溝を深めることではないから。




納得ならぬという感情は余にもわかる。
しかし、伝えたいことがあるのだ。




限りなく冷静、平静。


落ち着き払った態度に、一部聖闘士はますます困惑したのは言うまでもないだろうか。






「……千景が見当たりませんが?」






言葉発したのは牡羊座のムウ。
僅かながら黄金聖闘士のなかで千景と距離近く接した者のうち一人。


ムウの言ったことに確かにと肯定の念を示したのはアルデバランだった。
今はまだ聖域にいるであろう千景の姿がないのは、酷く違和感をもたらす。






「その事に関し、ハーデスが説明する。」






心して聞け。
響き渡る教皇の声はただならぬ気迫が込められている。
誰が逆らえよう。


皆固唾を飲み、耳を傾けた。




視線が己へ集まるのを肌で感じる。
打ち明けても良いのか、未だ冥王のなかでは答えは浮かばない。
しかし、言うしかない。


余が恐れを覚悟するなど此如何に滑稽か。
顔に出さずでるは嘲の笑みよ。






「それは、神話の代のことだ。」






ハーデスには、ある忠実なる部下がいた。
しかし彼は存在その物が矛盾の塊。
信用するには足りない者。
しかし、ハーデスは手元においた。
力量が信頼するにあたることは勿論。
ただ、理由なく傍におくことが当たり前であったから。
ただ傍においておきたかったから。
その頃のハーデスが親愛という感情の名を知っていれば、それは彼に溺れるほど深く注いでいたのを気づいただろうか。


ある時のことだ。
ついにぞ長年続いた聖戦が始まった。
これが初のこと。
冥界も聖域も夥しく死者がでる。
そのなかで唯一傷を受けていないのが彼だった。


仲間であるはずの冥闘士は誰もが疑いの眼差しを向ける。
主君ハーデスも例外ではなかった。
疑惑は晴れることなく重なり、軋みを増して。


裏切り者。
彼に貼られたレッテル。


彼は皆から口々に言われた言葉に、いつもと変わらぬ笑みを浮かべて問う。






「今の私はどう見える?」






何をバカなことを聞くのだろう。
笑っているではないか!


嘲笑がありとあらゆる方向から向けられた。
彼は気にしなかった。






「ハーデス、貴方は?」






彼にとって重要なのは主君。
他など、無関心に等しかった。


しかしハーデスも、笑っている、答えた。
瞬間、初めて彼の完璧なまで繕われた笑みが崩れた。
顔を悲しみに歪め、今にも泣きだしそうな。


ハーデスは気づく。
己はいま、何を言った?
彼は――の塊だと最初に知ったのは己であるのに!


既に時は遅い。






「貴方は私を理解してくれていると、思ったのに。」






彼は矛盾。
泣いていれば笑って。
笑っていれば泣いて。


信頼をおいた主君への絶望を、初めて矛盾せずに表情に表した彼は姿を消す。


刹那感じる彼の小宇宙が弾ける音。


彼の命の灯火を吹き消したのは、射手座の矢。
彼は確かに死んだのだ。


驚いたのは射手座も同様。
自ら殺されに来るなんて誰が想像できようか。


あまりに呆気ない矛盾の死は、それだけでは終わらない。
彼は冥闘士でありながら冥衣を所有してはいなかった。


彼の生き絶えた身体から生み出されたのは紛れもなく冥衣。
彼自身が冥衣だったのだ。


それからのこと。
矛盾の名の代名詞とされた彼に適応できる者は稀にしか発見されず、発見されたとしても、絶望が深すぎる彼の未練により創造された冥府より深き空間に耐えられず死ぬ。
耐えたとしても最終的には彼自らによって手を下されるのだ。
精神が歪んだ成れの果て。


彼はただ、孤独を望まなかっただけなのに。


彼はその後天哀星クラウンとハーデス直々に名付けられた。

笑いながら泣くピエロとされる意味を持つ。
忌々しくも、矛盾な彼にはピッタリ。




泣きながら、笑って。
笑いながら、泣いて。


彼の魂は未だクラウンに根付いている。






Forbidden fairy tale
(禁じられたお伽噺)

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