冥の泣きピエロ

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奇妙なまでの静寂が円卓の間を包み込む。
話した本人のハーデス、表情は苦しく哀しく。




あの声、千景へとあの時向けられた声は、話を聞いた限りではクラウンなのだろう。
しかし何故?


どうして千景さんは平気なんだ?
いつクラウンに命を奪われるかわからないのに。


疑問が頭の中を巡り、解けることがない。
誰か、答えを出してくれ。






「アイオロス、貴方の憂いは何かね?」






重苦しい空気と静寂を叩き壊したシャカの声。
イヤに響き続ける。


アイオロスは驚愕に顔を彩らせ、バツの悪い顔をし、唇をギュッと噛む。
シャカは何を意図してアイオロスに問いかける?


彼の思考を他人が理解できるはずもなく。
成り行きを見守るしかない。




なんと歯痒いことか。






「シャカ、何のことだ?俺は憂いてなんかいないぞ?」






動揺した顔を繕い、笑みを浮かべる。
だが、どことなくある不自然さ。
彼は、何かを隠しているようにしか見えない。




英雄も、強情なものだな。
内心ゴチるシャカ。


彼アイオロスが秘密にしていることは、もしかしたら消えた少女の手掛かりになるかもしれないのに。
いったいどんな感情が、今の英雄を突き動かす?






「貴方が握っていることが、冥闘士の少女を助ける手立てになるとは思わないのかね?」


「!……それは……」






グッと言葉を詰まらせうつむく。
言いたくはないが、言わなくては千景を救えないかもしれない。


どの選択肢をとるべきか。
答えは明確ではあるが、喉が思ったように動いてくれない。


情けない。
こんな俺が英雄だなんて、間違っている。




アイオロスがうつむいたまま身動ぎをひとつしないその姿に。






「射手座、貴方と千景の間に何が起こったか、私は知らない。けれど!貴方も千景を救いたいと願ってくれるのなら!!」






ルネの訴えはそこで止まった。
悔しげに握り拳をつくり、昂る感情を無理矢理に押さえ込もうと席についた。
隣に座るミーノスがフォローを入れてはいるが、今の彼に聞こえるかどうかは……




俺はなんて救いようのない馬鹿なんだ。
俺の手で、彼女の命を、心を救うことが出来るならば、それこそが偉業と呼ばれるべきものではないのか?


もうアイオロスの目には、迷いはない。
確立した意思を伴い、輝くのだ。






「ルネ、俺が知っている、いや違うな。俺が知ってしまったことをすべて話すよ。」


「っ、本当ですか!?」


「ああ、だが誤解しないでくれ。」






俺が知る事実は冥衣クラウンについてであって、千景のことではないということを。


それはつまりアイオロスと千景は何の関係も持っていない。
遠回しにだが、言っている。


それでもルネは構わなかった。
助けるための手掛かりが僅かでも掴めるのなら。
細い蜘蛛の糸でも手繰り寄せてみせよう。






「少しいいだろうか。」






控えめに手をあげた氷河。
その顔は、何かに対して納得がいかない。
表情だ。


どうかしたの?
氷河の右隣に座っている瞬が不安そうに尋ねた。






「クラウンの未練は冥衣に選ばれた人間の命を奪ってしまうのだよな?」






ならば何故千景さんはそれが無く、むしろ同調してたんだ?


確かに。
現場を目撃した数人は頷いた。


クラウンとまるで対等のように言葉を投げ掛けた千景。
クラウンの冥衣に秘められし真実を知らないからなのか?
だがそうだとしても、あの虚無色のオーラを纏って無事だったのか。


たとえ冥界の加護があろうとも、あの冥府より色濃い闇はクラウンその物が造り出したわけで。
冥界における加護など無力に等しいであろう。




考え出したらキリがない。






「その事も、俺が説明するさ。……多分合っているはずだ。」






語尾を濁すのは確定要素がないから。
どんな現象でも、確定なんて無いのだ。
誰かが疑ってしまえば均衡は崩れるから。


わかった。
深く首を縦に曲げ、氷河は頷きを見せた。


時間がかかるかもしれないけど、絶対に貴女を救ってみせます。
たとえ貴女が救いを望まなくとも、俺の身勝手なエゴだとしても。


肩を落としているルネと、氷河は不意に視線が交差する。
同じようなことを考えているのが手にとるように理解できて。


複雑な気持ちになった。







The string of saving is strained
(救いの糸は張り詰めて)

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