冥の泣きピエロ

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真白の空間。
一度私は此処に来たことがある。
何も無い周りを見回しながら千景は一人思った。


確か、己が生き返る前のことだった。
氷河の悲痛かつ強い叫びを止めてあげたくて。
まだ自分も生きていたくて。


失ったはずの生にすがり付いた。


この世の理を大きく揺るがすあの出来事は、本当は存在してはならなかったのではないだろうか。
本当は、聖闘士も冥闘士も失った生を手の中に再度掴むことをしてはいけなかったのではないだろうか。




考え続けても、終わりは見えなかった。






「なんで、上手くいかないんだろう。」


「仕方の無いこと。全てが全て、上手くいくはずは無いのだから。」






誰に問いかけたわけではない、独りでに零れた言葉。
返答されないだろうと千景は思っていたのだが。
その予測に反し、返ってきた、答え。


肩をビクリと戦慄かせ、声のした方向へ顔を向けると、柔らかそうな金髪を揺らす男が一人立っていた。
狐の様に細く研ぎ澄まされた目と、金髪のせいで、まるで本当に狐が人の形をとったよう。


初めて逢ったはずなのに、初対面な気がしない。
ずっとずっと、一緒にいた気がする。


その声も、何度も耳にした。






「もしかして、クラウン?」






千景の確信染みた問い掛けに、クラウンは笑みを濃くした。


コツリ。
クラウンの履いている靴が、音を鳴らした。
そこでハッと気づく。


この空間には床や天井、壁の区切りが見えない。
まるで浮いてるようにはたからは見えるのだが、固さを十分に持った無機質な感触が、肌を通し伝わる。


線がないのに、床がある。
本来ならば倒錯した光景であろうが、此処ではそれが、酷く当たり前のように思える。






「君は私と似ている。」


「似て……る?」


「そう、全てに絶望したことも然り、君は他人とは思えない。」


「……私には、わからないや。」






ごめんなさい。
ふわ、と睫毛を伏せ俯く千景。


嗚呼、今の私の主は。




嗚呼、今の私の主はこうも。




弱いのか。
私が少女を破壊しなかったのは、所謂ただの気まぐれであったのだが。


必然であったのかもしれない。
いや、それとも強大なる力の干渉が私にさせたのか。






「主、貴女は本当に孤独を望むの?」






そっとクラウンが千景の頬に指を滑らせた。
ゾッとするような冷たさが、指を媒体に躯を駆け巡る。


本当の肉体ではなく、綿密に構成された幻影でしかないが。


おずおずと顔を上げた千景の目に、クラウンが映る。
何かとても苦しげで、悲しげで。






「私と同じ道を辿ってはいけないよ。」






いつの間にか千景の目尻に溜まっていた涙を拭う。


私、泣いてたの?
自分でも気づかなかった。




クラウンは始終弧を描いたままであった目を開けた。
初めて見たクラウンの眼の色は、深い深い宙の色。
キラキラと光っている様は、宇宙に星々が散るような。


瞳に吸い込まれそうになるなんて、初の体験で。
でも仕方ないのだ。


こんなに綺麗な目をした人、見たことなかったから。






「君は生きることに絶望してはならない。君には待ってくれる友がいるだろう?」






私にはハーデスしかなかったから。
自嘲気味に宇宙を細めた彼の過去は、千景は知らない。
でも、見ているだけで、クラウンの悲しさが伝わってくる。


クラウンは私を助けたら消えてしまうような気がする。
……ダメだよ、そんなの!






「私助けたらクラウンいなくなっちゃうでしょ!?イヤだよ私!それにクラウンはもう一人じゃない!」






ハーデス様もいるし、私もいるよ!




ついに涙腺が崩壊し、クラウンに抱きつきながら咽び泣いた少女。


私にはハーデスしかない。


ハーデスしかないはずだったのを、彼女はいとも簡単に塗り替えた。
あれほど生に執着を見せなかった己の中に。




生きたい、生きたい。
徐々にではあるが、確実に大きくなっていく叫び。




身体を震わす、未だ涙を流す千景の小さな背中を撫でた。




もう一度、光ある世界で彼女を、千景を見守りたいと願ったならば、叶えてもらえるだろうか。
やはり理を崩すに繋がるのだろうが、それ以前に数十人がもう生き返ったのだ。
私一人が生き返ったぐらいで、この広い世界に影響はあるのか?




クラウンが生に執着を示したのは、これが初めてだった。




ハーデス、私は貴方以外に大切な存在を見つけたよ。
千景になら、私の名を教えられる。




絶対に届かない場所にいる、元主に向かって、クラウンは微笑んだ。







All of me were restructured by her
(私の全てが彼女によって再構築された)

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