冥の泣きピエロ
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それは俺が、十歳にも満たない幼い頃のこと。
絶対に立ち入ってはならなかったスターヒルの書物庫に、忍び込んだんだ。
いやシオン様、お咎めは後でにしてください。
仕方ないさ、人間ダメと言われれば言われるほど、したくなってしまうのだから。
その書物庫の中にある古代から受け継がれる文献は、俺には内容が全く理解できなくて、それでも興味を酷くそそられたんだ。
辺りを見回せば、高い棚に大量の書物。
その中で、一際目を引くものが、書物庫の奥にあったんだ。
「目を引くもの、いったいそれは?」
だからさ、サガ。
説明するから少し待て。
で、それはスゴく重くて、古い文献だった。
今思うと残っていたのが不思議なくらい傷みが酷かったなあ。
してはいけないとわかっていても好奇心に打ち勝てなかった俺は、埃を被っているそれを開いた。
中に書いてあったことは、幼いながらも俺に衝撃を与えたよ。
「アイオロス、どの様な内容が?」
「はい、女神。そこにはクラウンについてのことが事細かに記されていたのです。」
「すまぬな、射手座。何故冥界に関連しているものが聖域に?」
「……その文献を記したのが、神話の代、つまり初代射手座だったんだ。」
初代射手座。
つまりクラウン自身を死に至らしめた人物だ。
何故初代射手座がクラウンについて調べ、それを書物に纏めたのだろうか。
敵を知ることは、闘ううえで重要だが、どうもそういうわけでは無さそうだ。
射手座の矢にクラウンが貫かれたその瞬間、彼の身体は灰となって消えた。
理由は未だわかっていない。
例え敵であろうとも、目の前で何の抵抗も無しに命を落としたところをないそれも間近で見てしまえば、苦しみ悲しみ罪悪感が射手座を襲うわけで。
故意的でなくとも闘士にあるまじき行為なのは確かだった。
聖闘士の頂点に君臨していても所詮は人。
最後に見た、クラウンの酷く哀しげな表情と、異質過ぎる肉体の消失が頭から離れなかった射手座は、なんとか聖戦を生き残り、秘密裏にクラウンについてを調べたらしい。
「そんなことがあったのですね……クラウン、彼はまだ解放されていないだなんて。」
女神の言葉が、静寂の中に、やけに大きく響く。
千景の冥衣にそんな秘密が隠されていたなんて、誰がいったい想像できようか。
けれどアイオロスは未だ核心をついてはいない。
何故クラウンの絶望に千景が押し潰されず、むしろその苦しみを受け入れ、共有しているように見えたのか。
その謎が。
「俺は千景の首筋に、ある模様があったのを見つけたんだ。」
「……ちょっと待て。何故アイオロスが千景さんの首筋についているのがわかる?」
「ち、違うからな?冥衣の隙間から見えたんだ。」
で、そのあるものっていうのは、痣のような模様で。
糸を鋏が切り、それを棒で巻くように見えた。
「それって、確かあの女神たちの象徴だったよね?」
「なあ瞬、その女神たちって何だ?」
「星矢……聖闘士なんだからさ。」
確か運命を司る女神たち、モイライだと思うけど。
若干の迷いを含む瞬の言葉に、アイオロスは頷いた。
運命を司る女神、モイラ。
存在するモノの運命を定める彼女らのその力に抗える者はおらず、主神ゼウスをもってしても、抵抗は敵わない。
全ての始まり、混沌のカオスを除いては……
そのモイライの印が、何故千景の首にあるのか。
モイライは運命を定める役目を持つが、永い時の中で、その運命をねじ曲げることがあるらしい。
それはただの気紛れに過ぎない、神の戯れだ。
不運にも選ばれた者の首には、モイライを象徴する印が刻まれる。
鋏、糸、そして糸巻き棒の痣。
モイライの印を刻まれし者は、代々存在が貴重になるらしい。
異界を行き来したり、また特殊な力をその身に宿したりと。
千景の場合は、クラウンという至高な存在の呪縛効果が弱まること。
だからこそ、死なずにすんだのだ。
「ちょっと待ってください、クラウンが至高なる存在とは、いったいどういうことですか?」
ガタリと思わず立ち上がったルネをへミーノスが然り気無く制す。
焦ったって、どうにもならないのだ。
落ち着かなければ、辿り着く答えにも辿り着けない。
「ああ、俺も本当かどうか驚いたんだが……」
「それについては私自身が説明しよう。」
アイオロスの言葉を遮った声。
全員が反応して振り向けば写る、柔らかな金髪。
限界まで細められた眼。
傍らにいる現主の少女を守護するように立つ。
「っ!!クラウン!!」
「久しぶりだね、ハーデス。」
ニコリと狐のような笑みを浮かべた青年は。
まさしく今までの原因ともいえる、クラウン。
きっと、もうじき全てがわかるんだ。
誰が思ったのかは定かではない。
だが、あながち外れてはいないことだった。
It solves and the secret of him untied
(解きほぐされる彼の秘密)