冥の泣きピエロ

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何時までこの張り詰めた空気が続くのだろうか。
喉が渇いて焼けついて、苦しい。


友人、大切な友人の千景が纏う冥衣は己が想像だにしないほど遠く高い存在。
千景が遠いわけではないのだが、彼女との間には深い隔たりがあるようでならなかった。




私は、千景の何だったのだ。
友と思って確信しているはずにも関わらず、その意志は簡単にルネの中で揺らぎを見せてしまう。


私とて、千景の傍にいたい。
大事な友人を支えるぐらいしたいのです。
しかし叶わぬことなのでしょうか。


生温さが寒気を誘いながらルネの肌を一撫でする心地悪さ。




違う。
一番辛いのは千景だ。
仲間であるはずの冥闘士からも疑いの念を飛ばされて、彼女は酷く苛まれた。
此の場にであって、けして来たいとは思わなかったはずだ。


しかし決心をして来た。
苦しさを感じながら赴いた彼女が嘘をつく必要など、微塵もない。
今の私に出来ることは、そう。




千景が信じたクラウンを、そして千景自身を信じること。




とても簡単で、それゆえ難解なこと。






「……信じます。私はクラウンの言うことを信じます。」


「ルネ、お前は……」


「これは一人の人間として、千景の友としての答えです。けして覆しはしない。」






たとえハーデス様、パンドラ様、そして三巨頭様方に否定されようとも。


ハッキリと芯の通った声音はルネの決心の強さがありありと予想できた。
友のためならば主にも上司にも止めさせはしない。
語る眼は、鋭い眼光をたたえて輝くのだ。






「……俺もソイツを信じるのは少ししゃくだが、千景さんが信頼しているならば、クラウンを俺は信用できる、と思う。」






覇気が無いながらもしっかりとした物言いで言葉を紡ぎ出したのは氷河。
彼の価値観や信用の基準は今現在、千景だ。
その彼女が信頼しているならば、クラウンでも拒む理由が綺麗に消え失せてしまう。




ほう、まさか彼が私を信用するなんて。
笑みを張り付けたまま、クラウンは内心小さくも驚愕していた。
己に憎々しげな視線を送っていたはずの少年は見事その憎しみに似た嫌悪をさっぱりではないが消したのだ。
この短時間の変化に感嘆せざるを得ない。


流石は主。
周りへの影響力はけっして弱くはないようだね。
声には出さず、クスリと喉の奥を震わせ、未だ信じれていない闘士等を見た。


途端に二神は肩をびくつかせた。




わかるのだ。
否、わかったのだ。


平然と堂々と立つ彼の奥深く綿密に封じられた溢れんばかりの宇宙を。
自分とは比べようにもない小宇宙が確かに渦巻くのを肌でひしと感じる。


紛れもない深淵深く染まった始まり。






「貴方は本当にカオス様なのですね。この身で確かに感じます。」






貴方様の強大な小宇宙を。
弱々しげに微笑んで見せたアテナの言葉は、彼女を敬愛する聖闘士たちに、クラウンの告げた言葉が真実だと証明していた。


とは言ったものの、一人アイオロスは驚いた様子はない。
彼が一番伝えたかった事実は、このことだったのかもしれない。




疑惑、困惑。
それらが充満するような嫌な空気が消失した。
まごうことなき真実は疑いようの無い事実。




受け入れるべきではありませんか?
落ち着き払った声で微笑みながらムウは言った。
事実を拒む必要が何処にあるというのだ。
今すぐには無理でも、ゆっくり時間をかけて納得すればいい。






「俺も牡羊座の意見に賛成だ。せっかく互いを認め合い、争いが消えたのならば、クラウンであろうとも認められるはずだ。」


「ラダマンティス様……」






意外な人物の意外な言葉に、千景は続きを失った。
まさかあの堅物で有名なラダマンティスがそんなことを言うなんて、誰が想像できようか。


ラダマンティスの言動が想像外だったのは他の者も同様で、狼狽する者が多々。






「うろたえるな小僧共!ムウ、ワイバーンの言葉に同意すら貴様等は出来んのか!」






これぞまさに一喝。
小宇宙を放出しながら鋭い怒鳴り声を教皇はあげた。


シン、と静まり返る円卓の間。




冥闘士だろうがなんだろうが、シオンから見たらただの小童に過ぎないのだ。
200年以上伊達に生きていない。




まるで叱られた子供のように黙りこくるその姿はとても不可思議で。






「ふ、ふふ、アハハハ!!」






思わず堪えきれず千景は笑い声を大きく出した。


呆気にとられてしまう。
この少女がこのように大笑いするなどとは全くして思わなかったから。




身体を曲げ、自分の膝をバシバシと叩きながら笑い続ける少女に、ただただ圧倒されるばかり。
横にいるクラウンの笑みも心なしか愉快に染まっていると見受けられた。






「ヒー、おっかしー!大の大人が子供にしか見えないとか!」






腹捩れる!
目尻に涙が溜まっているようで、相当爆笑しているのだろう。


重苦しい雰囲気がたった一回の行動で破壊された。




それはきっと、未来への暗示のような、希望のような。







Hope is offered to you
(君へ希望を手向けて)

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