冥の泣きピエロ

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よかった。
みんなもう悲しくないや。
言葉には出さず、現状をそっと反芻した。


何はともあれ歩み寄る姿勢を示しただけでこれは進歩だ。




私も真っ直ぐになろう。
二度とこんなことを起こさないために。
悲しませないために。




悲しませないということが不可能であるくらい千景は百も承知だ。
けれど彼女はわかっている。
大切なのは想い、だと。




場の緊張感が解きほぐされた。
ガタン、と音をたて椅子から立ち上がったルネは千景に歩む。
眉間に深々と皺が刻まれているのは気のせいじゃない。
そう思いたくてたまらないが。


己の身体を突き動かす感情が何かをルネは把握はできていなかった。
ありとあらゆる感情がひとつの鍋に放り込まれたように混じり合い、沸騰する。


たまには自分の身を優先的に守ってほしいのに、彼女は自らしない。
そろが何より腹立たしくてならなかった。
今回もそうだ。


他人より自分を優先しなさいと……!




嗚呼、もどかしい。






「貴女はいつも……!」


「うっ、ごめんなさい……」






自分自身を心配しろと言うはずだった言の葉は、喉の奥に押し込められた。
すまなさそうに頼りなさそうにする千景に言う気など削がれてしまったから。


ルネは行き場を失った感情をため息に変換することでとどめた。






「ルネ?あの、私……」


「はあ、これからは自分の身を案じてください、頼みますから。」






予想に反して落ち着いた様子のバルロンに、少なからず千景は安堵の息をはいた。
もっと怒鳴られるのかと思っていたのだが。


いや、実際彼は怒るつもりだったのだろう。
己の身を案じ、しないでおいてくれたのだ。
その優しさが心地よい。






「ルネー!」






力の限りバルロンに向かって抱きしめる。
勿論ルネも甘受し、自分よりも幾分か小さく頼りない背中に腕を回した。
お互いの体温が安心感を染み渡らせてくれる。


本人たちからすれば何でもないよくあることなのだが。
そんなことは露知らず。
ぴしりと硬直を示す者もいるわけだ。




特に酷いのは氷河。
姉のように慕っている千景があろうことか男と抱擁をかわすのだ。
黙ってみていられるわけがないだろう!




クスクス、喉の奥を細かく震わせてクラウンは笑った。
三人を見ているのが楽しい。
生きるとは、こんなにも充実するんだね。
今になって気づくことがどれだけ当たり前で尊いのか。
カオスの時の己が何を考え世界を生み出したのか定かではないが、この光景を見れば満たされるだろう。


げんに私がそうだから。






「バルロン貴様あ!千景さんから離れろおお!!」






今にも技を打ち出しそうな氷河には危機迫った様子がうかがえた。
特に危険はないのだが、彼からすれば千景と世界は思いの外釣り合いを見せているのかも。


信条のクールをかなぐり捨て、技をいつでも打ち出せる用意をした氷河の眼は確実にルネを映している。
そんな弟分の変化を目の当たりにした千景は混乱の極み。
何が理由で彼が怒りを見せるのか、全くしてわからないのだ。
理解の足らない私でごめんよ、氷河くん。


心の中で不甲斐なさに涙した。


涙したところで状況が良好に向かうわけもないから、ほとほと困り果てる。
後何秒したら、己を死にいたらしめたあの凄まじい凍気が向かうのだろう。
そう時間は必要とされてない気が、千景はした。






「氷河くん、よくわかんないけど落ち着きを取り戻そう!」






ここで氷河に技を打たせてしまっても、聖域と冥界に繋がれている条約が破棄されるわけではけしてないのだが、安々と打たせるわけにもいかないのだ。


千景の言葉でプシュリと何か空気が抜けたように大人しくなる。
鶴の一声とはまさにこれを指すのかもしれない。


一安心、胸を撫で下ろし安堵のため息をついた千景を、不意に温かさが包み込んだ。
先ほどまで千景自身が抱きついていたルネはすぐ横に呆然と立ち尽くしている。
じゃあ誰なんだ。
答えは悩むほどの難題さは持ち合わせてはいなかった。
氷河だ。


千景の肩に額を当て、顔を隠しながらも緩まらない腕。



なんだろうこの状態。
氷河くんがこんなことするなんて……!
意外性バッチリで現実味が何処と無く薄いような。


ふっと千景は気付いた。
己に回される腕が心なしか震えている。






「氷河、くん?」


「……なんでそいつには自分から抱きつくんですか?俺だって、」






ズルい。
弱々しく絞り出された言葉はあまりにも情けない。
同時に愛しいと、プラスの感情が渦を巻く。






「私のスキンシップが激しいだけなんだよ、だからきっとこれから氷河くんにもしちゃうね。」






君が迷惑じゃなければだけど。
年相応に笑ってみせた千景の表情が、氷河の網膜にじわじわ焼き付く。
ぜひお願いします。


未だ唖然とするバルロンに向かってフンと鼻を鳴らすと、判別しがたい視線が返ってくる。




千景さんは渡してなるものか。
誰にでもなく一人白鳥座の少年は思った。






「……ふふ、忘れられてるかな?」






クラウンの自然に紡がれた言葉は、どうしてか何人かの心に刺さり残った。







The end is disappointing
(終焉は呆気ないものだ)

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