冥の泣きピエロ

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クラウン騒動から数日後。
漸く落ち着きを取り戻しつつある冥界聖域共に、平穏が戻った。
勿論千景も例外ではないのだが、彼女は今もなんとなく精神的疲労を感じざるを得なかった。
原因である己の処分が至って軽いものだったので少々不満を感じる。


今日までの謹慎処分なんて、いつもと変わんないよ。
普段から出不精である千景は滅多なことが無ければ与えられた自室から出ようとしない。
引きこもり万歳。
そんなことは露知らずのハーデスあるからこのような罰を下したのだろうが、罰にすらなっていない。


ハーデス様、他になかったのかよ。
いないからかそ呟ける文句だ。
誰かに聞かれていたら、首が飛ぶかもしれない。
あぶないあぶない。


ふうとため息をつけば、背後からクスクスと上品な笑い声が鼓膜を震わせる。
振り向けばそれは。






「あ、クイーンさんだ。」


「ふ、ハーデス様にそんなことが言えるのは君くらいだ。」






天魔星アウラウネのクイーン。
ラダマンティスの配下の一人だ。
中性的な容姿から女性とも思われるが、そうでもないらしい。
千景は未だにクイーンがどちらなのかわからなかった。
冥界七不思議の一つだろ。
声にすることなく思ったのは秘密だ。






「もしかしてチクられちゃいます?それともクイーンさん直々に首ちょんぱ?」


「まさか。私はそこまで酷くはないよ。」






友人を手にかけれるほど闘士として出来てはいないから。
にっこりと音がつきそうなくらい鮮やかに微笑んでみせれば、本当に女性としか思えない。
闘士の基準は顔で決まるのかと千景は一時期本当に疑った。


それなら私選ばれてないし。






「聖域では色々あったのだろう、力になれなくて……」


「えええクイーンさん何にも悪くないし。」


「やはりそうか?」






罪悪感なんて一片も無い笑みは、どこかミーノスを彷彿とさせる。
同類の匂いが確かにした。






「でも実際その場にいれず歯痒かったよ。皆聖域に乗り込みに行きそうだった。特にマルキーノとか。」


「マルキーノさん……!」






マルキーノさんにまで心配されちゃったよ!
悪いことをしたなと思うが、心配されて嬉しいと感じたのもまた事実だった。
ルネ以外にはあまりなつかないマルキーノにそういった感情を持たれているということは、仲良くなったと思っても良いのだろうか。


不謹慎だが、やはり嬉しい。


今度菓子折り持っていきますから!
待っててね、マルキーノさん!






「なんか幸せだー。」


「簡単だな。」






人間って案外簡単に出来てると思うよ。
千景の言葉に何を思い出したのかクイーンは明後日の方へ目を向けると、確かに。
やけに言葉には哀愁がただよっていた。


たぶん、天哭星さんだろうな。
その答え、当たりだ。






「千景、入りますよ……クイーン?」







ノック音の後に入ってきたのはルネだった。
予想外の人物が千景の部屋にいたことに驚きを隠せないでいる、声色。


やあルネ。
とさも当たり前のように声をかけられても困惑を拭いきれない様子が、千景には何故か可笑しかった。
同胞になってから短いわけではないのだが、どうも違う上司を持つ者は親密になりにくかったのが現状だ。
直属の上司がいない千景が特別なのだが、どうも可笑しくて仕方がない。


聖戦が終わってからというもの、その兆候が消えつつある。
仲良きことは美しきかな、だ。






「いつまで笑ってるのですか。」


「あいてっ。」






けらけらと止まりそうもなかった笑いに苛ついたのか、ルネが手にしていたぶ厚い本が容赦なく千景の頭に降り下ろされた。


ムッと見上げながらルネを睨み付けると、フンと一蹴された。
なんか悔しいすごく悔しい。






「君たちは見ていてやはり飽きないね。」






クスクスとこれまた上品に笑って見せたクイーンに、今度は照れながらも二人が笑う番だった。







It was you that laughed too delicately in all truth
(あまりにも繊細に笑むのは紛れもなく君だった)

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