冥の泣きピエロ

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私なんで此処にいるの。
言いかけた言葉を必死に喉で押し止めた。
謹慎解けていつも通り冥界でルネとかマルキーノさんとかとのんびりしたかったのに、何故か拉致られた誘拐された。
知ってますか、誘拐って犯罪ですよ。
言ったところで聞いてもらえる確率は限りなく低いので、実際には言わない。
どんなめに合わされるかわかったものではなかった。
千景にとって唯一の救いは氷河が近くにいることだろう。






「私一体どんな理由でここに連れてこられたんですか。」






言葉一つ一つに棘があった。
隠そうとは微塵にも思わないらしい。
不機嫌な言葉を投げられた聖域の重鎮らは苦笑いや困ったような表情を浮かべたが、それが千景の勘に触る。


まるでご機嫌取りのようだと、思った。
たかが小娘にご機嫌取りって、この人バカかもしんない。
きっとそうだ、絶対そうだ!




冥闘士よ。
教皇から千景にかけられた言葉。
だが、千景は返事をしなかった。
己が冥闘士であることは疑いようのない事実だ。
重々承知している。
しかし冥闘士以前に、千景という名の人間なのだ。
名前を捨てた覚えなんてさらさらない。


暗い色をした眼を教皇から外してそっぽを向いた。
千景の様子に黄金聖闘士はわからない、とわかりやすく顔に出したが氷河はわかる。
この人の望むことが。
長い間離れていても、伊達に想い続けていたわけじゃない。


冥闘士といくら呼んでも返事はおろか視線を戻そうとしない千景に教皇シオンも漸く気づいたようで、降参だとばかりに千景の名を呼んだ。






「なんですか?」






名で呼ぶだけでこうも簡単に返事をするとは。
多少の驚きに眼を見開きながらもシオンは口を開いた。






「そなたを此処によんだのは危害を加えるためではない。」






謝りたいのだ。
しっかり鼓膜を震わせた言葉を心の中でゆっくりと反芻する。
謝りたいのだ、って。
いやいや違うだろ、なんか違うよ。
それにそもそも。






「謝る理由がねーだろ。」






けしてデスマスクなど口の悪い者が言ったのではない。
千景の口から自然に零れたのだ、多少の悪さは勘弁してほしい。


今まで聖闘士にも最低限と千景が考える礼儀を弁えてきたが、すっぽり忘れている。
それほどまでに呆れしか出てこないのだ。
聖闘士がとったのは女神アテナを守るためであって、立場が逆転していたら己も同じ行動をとっていたのは容易に千景は想像が可能。
闘士としてやるべきことをやった、そこに謝る理由は存在しないはずだ。


だから謝罪はいりません。
きっぱりしっかり断った千景にやはりまたも度肝を抜かれる。
こんな変わった人間見たことがない。
いや、たまたま聖域にいなかっただけで世界には腐るほどいると思うけど。






「えっと、もう用はないですか?」






さっさと帰りたいんですけど。
意思を前面に出すと、一人前に出てきた人物。
シオンの様子を察するに、これも本題の内の一つなのだろうか。
いや、でも言葉と言うか会話すらしたことない。
けれど、人物アイオロスの自分を見る眼は親しみが察知しやすく滲んでる。
その眼に、形状し難い懐かしさと安心感を覚えるのは何故だろう。


どこかで、会ったことありますか?
恐る恐る様子を伺うように千景がアイオロスに問いかけた瞬間の彼の表情と言ったら。






「俺は思い出したのに千景は思い出さないのかい!?」






グッと肩を掴まれて乱暴に揺すられる。
やべえ、なんか気持ち悪いの込み上げてきたんだけど!
シェイク辛い、ダメだギブ。


意識がブラックアウトしそうになる直前に前後運動が止まった。
千景の状態を見かねた氷河が止めてくれたらしい。


氷河くん、良い子過ぎんだけど。
大丈夫ですかと心配そうに声をかける少年の頭を撫でた。
平気だよ、の意味合いが込められているのを察してくれたらしく、良かった……と安堵のため息。






「えっと、会ったことありましたっけ?」


「あるさ!10年前に!」






10年前の千景は小学校に入りたてだ。
そんな昔のこと覚えてるわけないだろうが!
怒鳴りながら返せば思い出してよと理不尽な返答。
私にどうしろと?


仕方ないので過去に記憶を遡らせる。
思い当たることはなかった……いや、あった。
公園で太陽の光に当たってるその姿は……






「公園の幽霊さんか!」


「そうそれだよ!」






二人にちょっと待てとツッコミを入れたくなった聖闘士らはけして間違っていない。
第一幽霊さんって何だ、何かおかしいだろう絶対。


千景さんどういうことですか?
不安げに尋ねる氷河に向かって千景は言った。






「ちっちゃい頃によく遊んでた公園でね、ある時浮いてる人を見かけたわけさ。で話しかけてみたら幽霊だったの、それがこの人。」


「知らない人に話しかける時点で間違ってる……!」






アハハと暢気に笑う少女の行く末が本当に心配になる氷河だった。
危機感を持ちましょうよ!







We had met in the dim and distant past
(遠い過去に僕らは出逢っていた)

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