冥の泣きピエロ

□30
1ページ/1ページ




約10年前、千景が小学生にも満たない頃の事だった。
家の近くにあるこじんまりとした公園、そこは千景のお気に入りの場所。
たくさん遊具があるわけではなく、滑り台とブランコ、砂場程度しかない小さな公園。
しかし、大好きな場所。
休みの日は日が暮れるまでずっと遊んで、親に言われなきゃ帰らないくらい。






「う、あれ?」






それはいつものように公園へ遊びに来た千景の眼には、とても異質に見えた。
当時は異質なんて説明は出来なかったが、何かが可笑しいとはしっかり理解は出来ている。
柔らかい太陽の光を浴びて金とも茶ともとれる髪が光る。
しかし、その者の身体が透けて見えるのが酷くおかしかった。


だって、私もお母さんもお父さん透明みたいじゃたいよ?
なんであの人透明みたいなの?

知らない人間だった。
いや、人間と呼べるのかすら定かではないが。
それでも何故かほおっておけなくて、悲しそうに千景の眼には映る。
どうして、どうしてそんな。






「どうして泣きそうな顔してるの?」






千景の声に一瞬ビクリと彼は身体を反応させた。
空気は、微塵も動きを見せない。


己より小さな子供が悲しそうに顔を歪める様子が信じられない。
見えるはずはないのに。
普通今の俺に気づくなんてあり得ないのに。
だって俺は生きていなくて……


もしかしたら他の誰かに話しかけたのかも、と心苦しいながらも無視をすると返ってきた同じ質問。
嗚呼、やはりこの子には俺がいるとわかるんだ。
まるで孤独から解放されたような、光が射し込まれていくような。


俺が見えるのかい?
嬉しくも悲しげだとも取れる曖昧な笑みを浮かべながら彼は千景に問いかける。
うん、とこっくり首を深く頷かせればまた表情が変わった。
すぐに壊れてしまいそうな、そんな。






「どうして身体のアッチ側が見えるの。」






舌ったらずにたどたどしいながらも聞く。
それが心を抉るとは、千景はわからない。
純粋であるがゆえの、無知であるがゆえの疑問は時にして恐ろしく変化する。
まさにそう言ってもかまわないだろう。


本当のことを言ったら信じてくれるだろうか、この純真な少女は。
それとも怖くなって泣き叫ぶだろうか。






「それはね、俺がお化けだからだよ。」






今の俺は上手く笑えているか?
自信が消え失せていくのを感じる。


千景は暫しの間地面に視線を向けながら顎に手を添えた。
お化けお化け……何度も呟かれる言葉は常人であっても聞き取れる大きな音量だ。


バッと千景の頭が勢いよく上がる。
その眼には、恐怖などあるはずがなくて。
不覚にも彼は酷く涙腺が緩む。
油断すればすぐにでも零れるかもしれない。
まさか己が泣きそうになるとは、誰が予想できただろう。
あの地位に立つ自分のこの現状を見られたらきっと幻滅をされるのだろう、もうそれでも構わない気さえする。


だって反逆の罪を着せられて逃走した俺が良い眼で見られたらおかしい。
しかしそれは聖域であったらの話、此処は誰も俺の事を知らないんだ、誰も俺を責めないんだ。


どれだけアイオロスが千景の存在に救われたのか彼しか知ることはないが、千景に涙を流しながら礼を言い、また千景はそれに困惑したのだった。






「ありがとう、あり、がとう……!」


「えっと、うん?」







ってことがあったんだ!
ニカリと太陽にも似た笑みを浮かべながら回想シーンを終了させたアイオロスに千景は隠すことなく大きなため息を一つ。
どうかしたか、と表情一転心配を眼に映しながら尋ねられたが曖昧に答えをはぐらかすしかない。


……美化されすぎてるよ。
小さくけれどハッキリした響きが宮内に木霊する。
アイオロスの話でだんだんと思い出せはしたが、そこまで大それたことはしてない!断言できるよ。
本当に自分の好奇心を埋めるために話しかけたようなものだ、褒められるのは違う。
もっと明確かつ強固な理由があったなら、素直を受け取れる。
出来ないしたくない自分が恥ずかしく思えるのは正しいのか間違っているのかはどうでもよくて。
ただアイオロスに私は綺麗でも優しくもない汚い人間ですよと知ってほしかった。






「私は人助けがしたくて話しかけたわけじゃないから。」






苦笑か自嘲か判別し難い笑みを朧に浮かべれば、頭から全身に浸透する温かみ。
私はこれを、よくしっている。





「それでも良いんだ、俺は事実君に救われたも同然。ずっと心に残っていた。」






ああなんかペースに巻き込まれてしまうな。
人とは己のペースを崩されるのが酷く嫌だが、この人になら良いかもしれないと思った千景は変わり者かもしれない。
ほら、あまりにも屈託が無さすぎて子供に似た純粋な印象を受けるから。
仕方ないよと一言呟いた千景の顔は妙に晴れやかで。






「千景さん、とってもスッキリした顔つきです。」


「そっかな、氷河くん!」






じゃあ用も終わったみたいなので帰っても良いですか?
ここで空気を壊すのはやはり千景で。
その特に変わり無い態度には何故か安心をもたらす何かがハッキリあった。




俺は君に救われた。







Because you shine
(だからこそ君が輝いていくから)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ