冥の泣きピエロ

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「ただいま。」






ぎゅうと後ろからきた衝撃を甘んじて受けながら彼、クラウンは微笑んだ。
誰が抱きついてきたなんてすぐわかる。
声が聴こえずとも、眼で見えずとも。
それほどにクラウンのなかで千景は大きく大切な存在だから。


温かい、再度命を受けてから改めて知ったことだ。
生前、千景と出逢う前のクラウンには執着などという感情は無かったに等しい。
あえていうのならハーデスへの思いが感情だったのかもしれない。
それさえも感情というなはまだ幼かったのだが。






「我が主はとてもお疲れのようだね。」

「主は無しって言ったのにー……」






少し疲労の色が見え隠れする声音。
ふむ、面白くはないな。
疲労の原因であろう闘士の顔が次々に浮かんでは消える。
彼らは己が敬愛する女神をただ守りたかっただけなのだろうが。
やはり面白くないといったらない。
彼らに悪意はなかったとしても、だ。






「クラウン、どうしたの?」


「どう、とは?」






なんか渋い顔してたもの。
心配そうな雰囲気が静かに千景から広がる。
その顔をさせた原因の千景に心配されては元も子もないのだが、まあいいかとクラウンは誤魔化す。
ホントに大丈夫かな。
あまり納得はしていないが、聞かれたくないならいっか。


結局二人は似た者同士だということ。






「ねえ、クラウン。」


「なんだい、今日の千景は疑問が多いようだ。」


「ちょっとね。……クラウンは、カオスはなんで世界を創ろうとしたのかな。」






はたり、と空間が固まったような静寂が響く。
さあどうしてか、答えられなくはない。
遠き過去、遥か古の己の所業の理由。
だがどうしてもうまく言葉に乗せることができないのだ。


悩むように眉を寄せて黙り込んだクラウンに、もしかして地雷?
悪いことを言ってしまったようだ、重い何かがぐるぐる千景の中で回転する。


ああそんな顔をしてはいけないよ、愛い子よ。






「そんな顔をしてはダメだ千景、ただ答え方に困っただけさ。」


「なら、良いんだけどー。」


「ふふ、では質問に答えるとしよう。」






キュッと千景の表情が固く締まる。
そんなに緊張することは必要ないだろうとクラウンが諭せば、やっぱり?と真逆の表情をした。
へにゃり、頼りないような安心してしまうような笑顔にはどこか依存性がある。
何故だと聞かれても、残念ながら答えは持ち得ない。
ふふ、愉快げにクラウンは顔を歪めた。






「私はね、1人がいやだったのだと思うよ。」


「1人がい、や?」


「そう、何があろうともどれほど時が経とうと己のみしか存在しない、なんて孤独で恐ろしいことだろう。だから古の私は世界を創ったのだろうね。」


「そっか、そうだよね。誰でも独りぼっちはやだもん。」






あー、スッキリした!
ストンと憑き物が落ちたように晴れやかな笑み。
これこそが千景の本当の。


疑問が解決してよかったねと何処吹く風で言ったクラウンに、少女は不満そうな何とも形容し難い顔つきになった。
だって元はと言えばクラウンが教えてくれないから!
むー、不機嫌そうだが何処と無くスッキリ。
やはり彼女はこうでなくては。





「千景、クラウン入りますよ。」






規則正しいノック音のあと、開かれた扉の向こうにはバルロン、ルネ。
もちろん声の主もルネだ。
どうしたのと千景に問われ、お茶が入りましたので呼びに来ました。
千景と話しているときのルネはどこか穏やかだ。
それはバルロンの中に潜むなんと名のついた感情のせいなのかは定かではない。






「良いお茶菓子があります、早めに来てくださいね。」






用件を述べて颯爽と去るルネの表情は、いたって普通だ。
その普通が何より心地よいことを、彼は知っている。


お茶菓子!
それを聞いて黙らない千景ではない。
キランと眼を光らせて心踊らせるのだ。
ああもう、幼子のようだね。
思っても口にはしない、言ったら最後何日口をきいてくれなくなるか。


早くいこう!とクラウンを急かすように今まで座っていたソファから引っ張る。
急がなくとも菓子は逃げたりしないさ、たぶん。






「では、そろそろ行こうか。」


「うん、クラウン!」


「おや、最後までそちらの名で呼ぶ気かな?悲しいね。」


「ああごめん!行こう―――」



紡がれた己の真の名に、ただつのるのは嬉しさだった。






いこう、アレフ。






彼女はいつも笑っていてほしい。
その願いを持つのはクラウン、いやアレフだけでは断じてないだろう。
だって彼女には泣き顔より笑顔が似合うのだから。




泣き顔隠した微笑みよりも、純粋な笑顔の方がずっと素敵。
彼女でも、他の誰かでも。
笑ってる方が良いよね、そう思いながら千景は笑みを濃くした。




悲しさの欠片など微塵も感じさせない屈託無き笑顔で。







It is laughingly a cry
(笑い泣き)

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