短編集

トライ×フライ×ミライ 天国に眼鏡は要らない 091206
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レンズを通してしか見えない世界なんて。
レンズから透視していた世界なんて。
星屑みたいに遠い。




トライ×フライ×ミライ

《天国に眼鏡は要らない》






「そうやっていつも自分を卑下しているのね。卑下して逃げて、挙句に正当化している。自分が正しい、世界が間違っている。だから世界から逃げた、世界から逃げても何も変わらないのに。それ以前に世界って何? 本当は誰でも良いから助けて欲しかったくせに、恥ずかしいから言い出せなかったんでしょう? だから自分は救われる価値もないって思っていたんでしょう。だから世界を嫌ったんでしょう。でも世界を嫌ったところで何も変わらない、これは貴方が一番知ってるはずよ。

運命だとか未来だとか、そんなチンケなもののために自分を卑下する理由にはならないと思う。きっとそれも貴方は知ってるはず。

叫んだら本当は声が届くかも知れないって知ってるくせに、心のどこかで、叫んでも絶対に届かないと言い切ってる。それって矛盾だと思わない? おかしいなって気付かなかった? 本当は気付いていたのに、本当は知っていたのに、知らない振りをしていたんでしょう。だってその方が楽だもの。そして自分を卑下していれば楽だもの。そうすればかっこ良く見えるもの。

人間なんて貴方が思うほど弱くないと思う。でも、それほど強くないと思う。そしてそれすら貴方は知ってる。そのくせ、貴方は自分でその均衡を乱している。自分だけが弱いって。自分だけが可哀想って。自分の運命だけが決定的に壊れてるって。全部全部知っておきながら貴方はそうやって逃げてる。

逃げちゃダメなんて言わないわ。逃げ出したくなるような状況は《前に見た》ものね、《一緒》に。逃げ出したくなるような苦境から飛び出してしまいたい、逃げ出したいと思う、それって人間としては普通の選択肢だと思う。違う? 猛獣が飛び掛ってきたら逃げ出すでしょう? 生き延びるために逃げ出すでしょう?

でも、貴方の逃げは違うじゃない。卑下してるのに正当化していると言う矛盾。世界が間違っていると言うのに、世界に救われたいと願ってる。それって変でしょう、不自然でしょう? どっちなの? 貴方は救われたいの? それとも自分が一番だって世界の誇りたいの? その両方を得ようとするなんて無理。

そしてその事も知っている――総じて、全て《貴方は全部知っていて、矛盾したまま》でいる。



独りで泣いて、独りで苦しんで、独りで叫んでるつもり? 独りだけが泣いていて、独りだけが苦しんでいて、独りだけが叫んでるつもり? 馬鹿じゃないの、世界は皆苦しんでるの、私だって苦しいの、泣きたいの、縋りたいの。縋る相手が見付からないから藁だって掴みたいと思ってるの。世界が苦しいなんて嘘だと思う? 地球温暖化で発熱してるし、どこかの国の産業廃棄物や煙で末期症状じゃない。だから貴方だけが苦しい訳じゃない、自惚れないで。



……それでも知ってるわよ。自分だけが苦しいんじゃないかって。自分だけが悲しいんじゃないかって。そんな錯覚を起こしてしまうほどに狂ってしまうような感覚に襲われる事があるって。判ってるわよ、私は、貴方がそう思ってるって。何で判るかなんて聞かないでね、恥ずかしいけど、勘のようなものだから。


だから逃げたんでしょう。だから自分を過小評価して、そこに留まってる。それで良いって思ってる。でも本当は救われたい。救われたいから世界が間違ってるって言い聞かせて納得しようとしてる。そうすれば楽だから。それが運命だって納得出来るから。でも本心じゃ納得してない。そう言う無限ループがデフレスパイラルみたいに自分をどんどん小さくしていく。

私、知ってるわよ、貴方がそんなに小さな人間じゃないって。根拠が欲しいなら羅列してあげる。


貴方は、私を見抜いてくれた。
貴方は、私の傷を見付けてくれた。
貴方は、私を飛ばせてくれた。

……何が不満なの? それだけで十分じゃない。全然立派じゃない。世界の表舞台に上がれるような人材じゃないのはお互い様でしょう。別段凄い能力者でもないし、数えるのが飽きるほどお金を持ってる訳でもない、何かを発明した訳でもない。世界の表舞台から見たらかなり矮小でちっぽけで、何に対しても苦しんで悩んで、馬鹿らしい事で悔やんでる、そんなその他大勢の勢力に値するわ。

でもそんなの、当たり前じゃない。それが普通の人間のあり方だもの。一歩踏み出すだけで狂人にも天才にもなれるわ。でもその一歩が大きすぎて私たちじゃ踏み出せない。それが当たり前なの、普通なの。世界から見ればどうでも良いような事で悩んで、世界から見ればどうでも良いような事を苦しみとしてる。それが普通なの。


だから、貴方だけがそんなループに囚われる必要なんて何もないの。私には逆になんでループに囚われてそこで留まってるかが判らないの。嘘吐きだから? 自分が嫌いだから? 苦しいから? 悲しいから?


でも、私を助けてくれたでしょう? 私からしてみればそれで十分《存在理由》だと思う。誰かのために何かをするのって意外と難しいと思うの。そして、一番難しいのは意図していないのに何かをしてくれたって事。でもそれを、貴方は――気付いてないかも知れないけど、やってのけたじゃない。だから存在するための理由は十二分にあるわ。少なくとも、私にとっては。

世界に必要とされてない――そんなの関係ないわ。世界が必要としていなくても、私が必要としてるもの。世界なんて大それたもの扱いきれないわ、子供の玩具にしては過ぎる存在だもの。それ以前に、貴方は世界が嫌いかも知れないけど、世界は別に貴方の事を嫌ってないわよ。もしかしたら見てないかも知れないけどね、どうでも良い存在だから世界は無視してるだけかも知れないけど。

でもね、私が必要としてるの。それで十分じゃない? 貴方が自分を嫌いになる理由なんてそれで帳消しになるんじゃないかしら? 貴方は世界が嫌いかも知れない、私も世界が嫌いかも知れない、世界は貴方を無視してるかも知れない。けれど、目の前の私は、貴方を必要としている。人に必要とされるのは大切な事よ。


そして何よりも、








この《保志鞠子》が《時任環》を必要としているのよ。それだけで十分でしょう、それに――」





僕が見た最後の《保志鞠子》さんは、そう言って笑った。


そして、


今まさに目の前の鞠子さんは、似合っていた黒縁眼鏡を勢い良く外すと、勢い良く空へと捨てた。
心を見透かされて返す言葉もなくなってしまっていた過去の僕を尻目に、鞠子さんはそのまま不敵に笑った。




「天国に眼鏡は要らないらしいわよ。結局あの後、こっ酷く怒られたんだけど、その時に母さんが言ってたのよ、《天国に眼鏡は要らない》って。天国へ旅立ってゆく人は、何も病気を抱えてゆく必要が無いらしいわ。例えば肝硬変で死んだとしたら、その肝硬変を背負ったまま、苦しんだまま天国に行く必要はない――らしいわ。眼鏡も然り。だから、こんなもの捨てるわ。

だって、私は天国に行くのよ? 眼鏡なんて要らないじゃない?
だから今更臆病になる必要なんて無いのよ――《環さん》」

「……まあ、そうだね」

「この場合の天国は比喩だけど、通じてるわよね? 私は《環さん》がそんなにも文学的にダメな人間だって思ってないわ」

「君は人を過大評価しすぎだと思うけどね」

「そうね、過大評価しすぎて幻滅しないようにしなくちゃならないわ。だって――」




鞠子さんを包む、真っ白なヴェール。
羽のように軽いそれは踊るかのようにして離れると、そのまま――僕の唇に触れた。




「人生はまだまだ長いわ、《環さん》のおかげで」

「……僕だって同じだよ、人生はまだまだ長いし、これから――その、新しい人生になる訳だし、ね」





鞠子さんはそのまま踵を返すと《待ってるわ、早く飛んで来なさいよね》と言った。
僕は彼女が待っているだろう赤絨毯の先を思いやった。結構長い距離に感じるだろうけれど、彼女を迎えるためならそんなに苦痛じゃない。


「……飛んで来なさいよね…か、」




《私は、きっと飛べるわ》

《どこへ?》

《――未来へ》



嘘吐きだね、君は。



《この保志鞠子が時任環を必要としているのよ。それだけで十分でしょう、それに――私は、貴方の元に飛んで行きたいんだもの》



良いさ、僕で良ければ。
抱き止めてあげるよ。






そして、一緒に飛ぼう。


トライ、フライ――ミライへ。




END


勢いだけで書いてしまった、時鞠。
どうやら結婚したようですね、しかも鞠子さんから告白したみたいで。尚且つ、時任さんが落ち込んでる時に。また自殺でもしようとしたんですかね←

意外と二人の距離が近くなっていますね。時任さんは砕けた口調だし。何気に鞠子ちゃんは《環さん》って呼んでるし。

何だよ鞠宮、意外とこの二人気に入ってるんじゃないか(笑)


お読み下さってありがとうございました!

 

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