無双

□たとえ黒く汚れても
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 宗茂が久しぶりに元就の私室に訪れたのは、梅雨入り前の晴れた日だった。
 窓から庭をのんびりと眺め、膝で眠る猫の背を優しい手つきで撫でていた。

「元就公」

 久しぶりです。声をかけても反応はなく、側までいき、少しだけ大きめの声でもう一度名前を呼ぶと「あぁ」と気のない返答がかえってきた。
 背後から、抱きついてみたが反応は返って来ない。
 腕に力を込めてみる。

「宗茂、やめてくれ」

 小さな声で呟かれた拒絶の言葉に、宗茂は何かありましたか?と聞いてみる。
 聞いても、何も答えない。
 ただ、「やめてくれ」「放してくれ」と口にするだけで、拒絶の動きは見えない。

「何かありましたか?」
 心配になり、体を離し元就の隣に腰かける。
 顔を覗くと、ぼんやりと遠くを見つめていた。
 時折、どこか遥か遠くを見つめている時があるが、今日は特にひどい。

「私は、汚れきっている」
「この時代です、しかたありません」
「それでも、人を欺きすぎた。
 欺き、陥れ、戦以外で人を殺しすぎた」
 元就は、過去に自分がしてきたあらゆる策に心を痛める事がある。
 多分、今もそうなのだろう。
 自身の領地を守るためにしたことなら、仕方のないことだ。
 自分も、二人の父親も、主である宗麟も、この戦国乱世を生きるものなら大なり小なりしてきたことだ。
 宗茂からすると、それはあまりに当たり前すぎる事のように感じだどれもが、元就を苦しめる事象だった。

「元就公、別に貴方の手が汚れてようと私には関係ありません」
「でも」
「それは、貴方の家族や家臣たちにも言えることです。それを含めて、みな貴方を慕っています」

 宗茂の言葉を聞いても、元就は黒ずんだ心と手を感じる度に思う。
 それでも、辛い。
 君のその綺麗な手を汚してしまうようで怖いのだ。
  自分のような、人間にしてしまいそうで怖いと。

「だめなんだ、どうしても」
「なら、無理矢理にでも、私はあなたの手を掴みます」

 触れた宗茂の大きな手は、酷く暖かかった。




20110518
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