無双

□螢火恋歌
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 螢の舞うあの夜。
 貴方に出会い、恋をした。


《螢火恋歌》




 元就の部屋からよく見える庭の池に、蛍が舞い始めた。
 それを見ながら、宗茂は元就と初めて会ったあの戦場を思い出した。
 毛利元就亡き後の毛利は容易く倒せると思っていた。
 義理の父である道雪を苦しめた知略の雄、魔術師、謀神の名を欲しいままにする彼は、既に黄泉路の彼方にいること、後継者である輝元の噂も、それを支える両川の存在を踏まえても、自分とギン千代がいればなんとかなると思っていた。
 それどころか、正直もの足りなさすら感じていた。
 それをすべて覆し、自分たちを還付なきまでに叩き敗北を突きつけたのは、その黄泉路の彼方にいるはずの謀神だった。
 目を瞑ればあの日の事が蘇る。
 闇夜に映える紅柑子(べにこうじ)の矢羽織。瞬く間に兵が倒れ、向かって行った自分も一瞬の打ちに宙に飛ばされた。
 敗戦後、彼の私室で会った際、戦場に立っていた人物とは思えないくらい、のんびりした元就を見て、「毛利元就双子説」が頭の中を過ったほどだ。
 それは、ギン千代も同じだったらしく、元就にそのときの事を話したら思いっきり笑われた。
 あれから何年目かの今日。
 また、蛍が舞う季節になった。

「何を考えているんだい?」

 隣でお茶をすする元就に、初めて出会ったあの夜の事を思い出していたと告げると、彼は納得したようにうなずく。

「たしか、あの戦の後に君たちが帰ったとき、君のお父上が『あの性悪じじい生きてやがったのか』って言って、君がいさめたなんて話があったそうだね」

 笑いながら話す元就だが、実の所、宗茂の実の父、高橋紹運の言葉に腹をたてた宗茂が黒い爽やかな笑顔で切りかり、道雪とギン千代が呆れはてていた。という何とも言い難い話だ。
 あのときの状況を思い出し、宗茂は少し苦い顔になる。
 思えば、あの時すでに宗茂の中で元就は特別な存在だった。
 恋情ではなく、名前のない様々な感情が織り混ざった感情。
 それが、愛情や恋情に変わり自覚してから、宗茂は見えない所で悶々と考えた。
 身分差、年齢差など様々な要因がこの想いを駄目だと警鐘を鳴らす。
 しかし、考えれば考えるほど、元就への気持ちは募り、止められないほど大きくなっていった。
 自分にも元就にも、帰る場所がある。
 年齢という溝が、彼との時間が限られていることを告げる。
 だからこそ、彼に対する愛しさが増すのかもしれないと思えてきた。

「元就公、来年も螢が見られると良いですね」
「なんだい急に」

 元就は、年がら年中部屋の片隅に常備されている火鉢で餅を焼き、それを肴にお茶をすすりながら、宗茂の言葉を聞いていた。
 可笑しそうに笑う彼に、宗茂は気にせず言葉を続ける。

「それだけじゃない、紅葉も雪も桜も見れたら良いですね」

 穏やかに話す宗茂の言葉に、元就もそうだねと言う。
 宗茂も、用意されていたお茶に口をつける。
 この時間が、続けば良い。
 そう願って。








 鳴かぬ螢は、その思いで、身おも焼き尽くすと言うらしい。





20110505



 某ヘタレ学者と強欲奇術師のミステリーの劇場版2段のエンディングは、私的宗就ソングです!






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