Short Story
□光りに集う闇夜の虫は。
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久しぶりに、たんすの中を整理していた。
そのたんすの中には、俺が攘夷戦争時代に使っていた刀や着物、それからあいつにもらった煙管などが入ってる。
俺のやつは、たしか辰馬のばかに踏まれて折られたんだっけか。
その時、あいつがくれたんだ。
たんすの奥から、葉が出てきた。もう無いと思っていたのだが、まだ少し残っているようで、甘い香りを漂わせていた。
「んー、やっぱいい匂い。」
そう呟いて、慣れた手つきで葉を詰める。近くにあったマッチで火を付け、スパスパと吸い出した。
こうしていると、すごく気持ちがいい。
この葉の香りは、自分をすごく落ち着かせてくれる。だが、それと同時に昔の記憶も蘇らせる。
あいつの目が、まだ両方あったときのこと。
その時から、厨二病だった。
よく二人でヅラをからかって、キレられていた。
あいつの目、綺麗なんだよな。
すんだエメラルド色で、まっすぐに遠くを見つめている瞳。
それが、いつの間にか片方が包帯で隠されていて、いつの間にか、艶しげな狂気の色しか宿さなくなってしまった。
もちろん、片方だけでも、その色は充分に綺麗だった。
そういえばむかし、こんな会話をしたことがある。
「わりぃ、俺が護ってやれなかったから、俺のせいで…」
「被害妄想やめろばか、つーかなんで俺がテメェに護られなきゃなんねぇんだよ。」
「被害妄想なんかじゃねぇっ、俺が護らなきゃなんねぇのにっ、俺が…俺が…」
銀時がこうなると、宥めるのは高杉くらいしか出来ない。
仲間が傷つくと、だいたいこうなる。それが大切な人ならばなおさらだ。
「銀時、よく聞け、ここは戦場だ。このくらいの怪我、しょうがねぇんだ。オメェのせいじゃねぇし、ここにいる、だれのせいでもねぇ、俺の不注意だ」
「しん、すけ」
「それにな、」
「…うん」
「両目でこの世界を見るには眩しすぎるし、広すぎる。」
「……………」
「だからな、よかったんだよ、これで。」
銀時は、俯いたまま動かない。ポトリ、ポトリと畳に水滴を落としていく。
「これ、から、俺がお前…の右目に、なってやる。」
「小十郎……?」
「独眼、龍、かおめー、はっ。」
「はっ、テメーはそうやって馬鹿やってりゃぁいいんだよ。」
「……へ?」
「じゃあな」
そう言って、高杉は部屋を出ていったんだ。
あぁ、懐かしい。
そんな昔のことを思い出していたら、だんだん眠くなってきた。
一眠り、しようか………。
……とき、………ぎ、とき
「銀時っ、」
「……高杉っ?」
「久しぶりだなぁ、銀時ィ」
「高杉……なにして…」
「…………」
「ここは……?」
「テメェのせいだ。」
「え……?」
「ぜんぶ、テメェがわりぃんだよ。テメェが……」
「どうし……た?」
高杉の顔を覗き込むと、いきなり銀時の方を向いて、睨みつける。…だが、その瞳からはボロボロと涙がこぼれていた。
「テメェが、俺をおいてくから」
「ごめ、ん」
「―――ッ、」
高杉は、一瞬銀髪に手をおいて昔のように撫でた。でもそれは一瞬で、次に銀時が高杉を見たときは、もうその瞳に狂気に色を宿していて、いつものように艶やしげに笑い、言った。
「次あった時は殺してやるよ、銀時ィ。」
そう言って、まだほうけたままの銀時を置き去りに、にやりと笑って闇の中へ消えていった。
まって――――
行かないで
俺を一人にしないで
―――高杉
夢の中から現実へ戻ってきた銀時は、やはり自分のせいで高杉が変わってしまったことに、また後悔した。
いつのまにか、瞳からは涙が流れ、止まらなくなっていた。
「ウワァァァアァァァアッ」
そう叫んだ声は、居間にいる神楽や新八に聞こえていたかもしれない。
でも、止まらなかった、止められなかった。
「たかすぎ高杉たかすぎ高杉たかすぎ高杉たかすぎ高杉たかすぎ」
自分でも、よく覚えていない。
いつのまにか、白と赤の牡丹柄の着流しに着替えていて、真剣をさして出掛ける支度が出来ていた。
行くところなんて、あそこしかない。
居間で、二人がなんか話しかけてきたが、そんなこと、頭に入ってきていなかった。
江戸を、港に向かって歩く。
鬼兵隊が江戸に来ているかどうかなんて、知らなかった。でも、逢える気がした。
3時間ほどふらふらと歩いていると、ばかでかい船を一隻見つけた。
入口には、見張りらしき人物が10人弱。これならいける。と真剣を抜いてゆっくりと近づいていった。
人間が、吹っ飛ぶ。
血が出ていないところを見ると、銀時は峰打ちで全て交わしているらしい。
簡単に船に入ると、高杉の部下が一斉に襲ってきた。
その後ろには、驚いた顔の武市と来島また子。部下をいとも簡単に吹っ飛ばし、一瞬でまた子の目の前まで詰め寄った。
「また子ちゃん…」
「な、なんなん…スか、こいつ」
動きの早さ、瞳の色、声、纏うオーラの全てが、この前会ったときとは、格段に違う。
「高杉に、逢いたい。」
「………は?」
そのとき、奥から走って高杉が出てきた。高杉を視界に入れた瞬間、銀時は持っていた刀を、カランッと落とした。
「たか…すぎ」
そのとき、銀時の全ての感情が頭の中を駆け巡った。
過去と未来、生と死、出会いと別れ、善と悪、逢いたかった、離れたかった、殺したい、殺されたい、生きたい、死にたい、全てが欲しい、いらない、背負いたい、重い、たのしい、くるしい、きもちい、だいすき、だいきらい、みたい、みたくない、ききたい、みみをふさぎたい、かんじたい、なにもふれたくない、愛したい、愛されたい、愛してる。
「高杉……」
「テ…メェ、何しに来やがった」
「高杉、一緒に死のう?」
「………………」
「こいつ…なに言ってるんスか」
「もう、一人にはしねぇよ。永遠に一緒にいられるよ。大丈夫、ちゃんと俺が殺してあげるから。」
一瞬、高杉の瞳が揺らいだ。
それを見逃さなかった銀時が、刀を拾いゆっくりと高杉のもとへ近づいていく。
パァンッ!!!!
乾いた音が響いた。
「それ以上、晋助様、には、近づかせない、っス、死ぬっス、白夜叉。」
また子の声は、微かに震えている。誰だって怖い。あの白夜叉の血を、己の銃で流したのだから。
しかも今の銀時は普通じゃない。
「君も、死にたいの?」
脇腹から流れる血を気にもせず、踵を返してまた子と武市のもとへ戻り二人をおざなりに切り捨てる。
「ごめん晋助、この刀には俺と晋助の血だけしか付けないつもりだったんだけど………」
「銀時……」
ピッと刀を振るって血を払う。
「もうこの世界は、広すぎるよ。この煙管…晋助がくれたんだ。俺の宝」
「持ってたのか…」
「もちろん。晋助の大切のものを、俺にくれたんだよね、だからおれの大切なもの、晋助にあげる。」
そう言って、おもむろに刀を自分の右目に突き刺し、目玉をえぐり出した。
「ばっ……!?」
片手で器用に高杉の包帯を外し、自分の右目を、くらい空洞に入れた。
「すごい、目の色が二色になったよ。やっぱり綺麗だね。」
「おまえ………」
高杉の左目からは、透明な水滴が流れている。銀時の右の空洞からは、紅い水滴が流れている。
「さぁ、死のう?
この前は置いていってごめんね、もう一人にはしないよ。」
「でも……」
「きっと、俺らはこのあと、松陽先生と、戦争で死んだ仲間で酒が飲める。あのでっかい空からの景色もみたいと思わねぇ?」
「…俺は、テメェと一緒に酒が飲めるなら、どこだってかまわねぇよ。」
それを聞いた銀時は、ニヤリと笑って、刀を構えた。高杉も同じように構え、二人で向き合う。
にやり。
最後に一瞬、視界が広くなった気がした。
おわり
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